連載
城物語
第二話『天命を待つ(萩城)』 矢野 隆 Takashi Yano

 吉元は家臣に聞くまでもなく、周南の存在を知っていた。先刻の言葉は偽りである。みずから周南を呼べと家臣に命じたのだ。妙な強がりが、偽りを吐かせた。吐かなくても良い嘘である。無駄な強がりを見せる己に、吉元自身が驚いていた。
 十以上も下の周南に、すっかり臆してしまっている。
「山県周南」
 声に圧を込めて言う。主の重い声にも、周南は眉ひとつ動かさない。黙ったまま、吉元の言葉を受け止めている。
「其方、今の萩をどう思う」
「苦しきなかでも、上手く治まっておりまする」
「上手く治まっておるか」
「はい」
 吉元は苦笑いを浮かべる。
「たしかに、国の懐は厳しく、国を保つだけで精一杯じゃ。思うように行かぬことばかりではあるが、それでもなんとか家臣どもを路頭に迷わせることだけは防いでおる」
「そは殿の御一人の力ではござりますまい」
 鋭い切っ先を胸に押し当てられたように、吉元は息を呑んだ。今の言葉はあまりにも無礼である。家臣どもが聞いていたら、周南はただでは済まない。周南は己の無礼を自覚していないのか、迷わず言葉を続けた。
「臣あっての君にござりまする。臣が臣であるのは君あってのことであるように、君もまた、君であれるのは、臣あってのことでござります」
 正論である。吉元自身、すべてが己の力で為せるなどとは思っていない。ただ、真正面から言われたことのない言葉だったから、面喰らっただけだ。そう思ったら湧き起こった怒りの感情が、すっと消えた。
「たしかに家臣たちの力添えもあり、この国はなんとか治まっておる。が、それだけで本当に良いのか」
 吉元の言葉を聞いた周南の右の眉が、かすかに震える。主の言葉にまとわりつく不穏な気配を、機敏に感じ取ったようだった。
 周南が言葉を吐くより先に、吉元は続ける。
「関ヶ原の敗北より百年あまり。昔を知る者はすでにこの世に亡く、かつて毛利家が味わった苦痛の数々も、昔語りとなってしもうた」
「それが世の流れにござりましょう」
「儂には、そうは思えぬ」
 己の躰がぐいと周南に寄るのを感じながら、吉元はそれを止められない。わずかに浮いた尻をそのままにして、熱を帯びた言葉を連ねる。
「其方もこの城に住んでみると良い。夜になり、家臣どもが町に戻ってしまうと、この城は静まりかえる。女どもの元へ行かずに、ひとりで寝ておると、己ひとりがこの世に残されたようで、叫びとうなる」
 周南は黙って聞いていた。先刻かすかに震えた眉も、今は元の場所に納まっている。
 吉元の舌は止まらない。
「儂がこのような想いをせねばならぬのは、いったい誰の所為(せい)じゃ。先君達の所為か。違う。先君を恨んでも詮無きことじゃ。そは己を恨むに等しい。儂を牢獄のごときこの城に封じ込めておるのは、徳川じゃ」
 決して家臣たちには聞かせることのできない本音だった。本来ならば、周南の耳に入れることも、はばかられるようなことだ。
 何故聞かせたのか。
 周南だからだ。
 この男の毅然とした居住まいと臆するほどの覇気が、堅く閉じた吉元の心の扉を開かせている。



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〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』