『ナポレオン』全3巻完結記念 特別対談 佐藤賢一 × 矢野隆
―英雄を描くということ―
構成/宮田文久
撮影/織田桂子
- 佐藤
- ナポレオンの場合は、もちろん非常に不幸な結末ではあるんだけれど、やっとそれまでの追い立てられるような人生――次から次へと戦争して、勝っていかなければいけない人生から解放される。どうしようもならないところに落ち着くことで、自分の過去を振り返って、口述筆記で延々と回想録を書いていく。それはそれで、幸せだったのかなという気はします。
- 江口
- この長い物語のなかで、セント・ヘレナ島のパートは、ひとつのカタルシスになっていますよね。思い返してみれば、コルシカという島に捨てられて、寄る辺なき存在になった彼がフランスで二度も皇帝になって、その果てに最後、“島”に帰っていったわけですよね。もちろん生まれ故郷とは違う島なんですが、メタファーとして、帰るべき場所に帰っていったという気がします。ナポレオンの末路は可哀(かわい)そうというだけでなく、そこに佐藤さんはカタルシスをもたらしていらっしゃるんですよね。
- 矢野
- すごく幸せな感じがしました。幼少期に過ごした景色のイメージというものがありますよね、たとえば坂本龍馬だったら桂浜(かつらはま)の海でしたでしょうし……。
- 江口
- 原風景ですよね。
- 佐藤
- そうした要素は、ナポレオンの人生においても大きかったと思います。取材をしていると、ナポレオンが戦争で圧倒的に勝つ場所というのは、どこかコルシカの風景に似ているところなんですよ。
- 矢野
- そうなんですね!
- 佐藤
- 山っぽいところだと、めっぽう強いんです。コルシカって、ひらけた農地のようなところがほとんどない土地なんですが、だからなのか、ナポレオンはイタリアやロシアの大平原のような何もないところだと、まったく振るわない(笑)。
- 矢野
- そうか。ガキの頃は、山を駆け巡りながら喧嘩(けんか)するような日々のなかで育っているから、だだっ広いところだと、喧嘩の仕方を知らないのかもしれないですね(笑)。
- 佐藤
- どうしていいのかわからない、という(笑)。
- 江口
- そんなナポレオンが没した後、棺がパリに戻るくだりがエピローグになっているのも、またいいですよね。これまたカタルシスで、ああ、“凱旋(がいせん)”なんだ、と。
- 矢野
- 本当にそうですね。セント・ヘレナ島の後はもうないのかと思っていたら、とっておきのエピローグが……胸がつまりました。
- プロフィール
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佐藤賢一(さとう・けんいち) 1968年山形県生まれ。93年『ジャガーになった男』で第6回「小説すばる」新人賞を受賞し、デビュー。99年『王妃の離婚』で第121回直木賞、2014年『小説フランス革命』で第68回毎日出版文化賞特別賞、20年『ナポレオン』で第24回司馬遼太郎賞を受賞。
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矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回「小説すばる」新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞を受賞。時代・歴史小説を中心に執筆し、人気ゲームやマンガのノベライズも手がける。
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江口洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長