『ナポレオン』全3巻完結記念 特別対談 佐藤賢一 × 矢野隆
―英雄を描くということ―
構成/宮田文久
撮影/織田桂子
- 江口
- おふたりのスタンスが見えてくる、面白いお話ですね。
- 矢野
- 佐藤さんが「人物が動く」ということをおっしゃっていましたが、『ナポレオン』はまさに、どんどん悪くなっていくように見える不安な世の中であっても、とにかく動くナポレオンを書いていらしたと思います。ですから、今こそ多くの方に読んでいただきたい小説だと感じるんですね。まずは動く、そういう力をもらえる作品なんです。きっと現代の方たちには、リアルに受け取ってもらえるはずです。
- 佐藤
- ありがとうございます。動きということでいえば、矢野さんの『琉球建国記』(集英社文庫)を拝読したのですが……、人が魅力的でかっこいい。何より動きの描写がとても素晴らしい。アクションという言葉が適しているのかどうかはわからないですが、人と人が本当に向き合って戦うときの迫真性、その迫力というものは、特筆すべき矢野さんの魅力だなと感じます。歴史の流れのなかで、迫力に富んだ動きのあるシーンが説得力を持って立ちあがってくるのが、すごく面白かったです。
- 矢野
- 嬉(うれ)しいです、こちらこそありがとうございます。
- 佐藤
- あれもまた、15世紀の琉球王国を舞台に、「とにかく動いている」人々を描いた作品ですよね。リスクがあっても、失敗するかもしれなくても、とにかくやる。そうした人でなければ、歴史にも、物語にもならないわけですから。
- 江口
- そうした意味で、「小説すばる」新人賞の先輩から、後輩たちに伝えたいことはございますか。
- 矢野
- 書くか、書かないかしかないですよね。先輩の背中といいますか、佐藤さんの『ナポレオン』を読めば、やるべきことはひとつだ、という答えが示されている。僕自身も書いて、書いて、積み重ねていくことしか約束できないですが、この賞の名を汚さないように頑張って書きつづけていきたいです。そうやってつながっていくものだと思います。
- 佐藤
- 本当に、書きつづけることは大事ですね。作家はある意味で馬のようなもので、四の五の言わずに走れ、ということだと思います。ただ、走れといわれても、馬は場所がないと走れません。「小説すばる」新人賞でデビューできたことだったり、その後の集英社という場所であったり、ありがたいことに、僕はすごく走りやすかった。そうでないと、30年も走りつづけてこられませんでした。これからデビューする皆さんも、きっとそうした走り方ができると思います。だからこそ、まずは今、走れ、とお伝えしたいですね。
- プロフィール
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佐藤賢一(さとう・けんいち) 1968年山形県生まれ。93年『ジャガーになった男』で第6回「小説すばる」新人賞を受賞し、デビュー。99年『王妃の離婚』で第121回直木賞、2014年『小説フランス革命』で第68回毎日出版文化賞特別賞、20年『ナポレオン』で第24回司馬遼太郎賞を受賞。
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矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回「小説すばる」新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞を受賞。時代・歴史小説を中心に執筆し、人気ゲームやマンガのノベライズも手がける。
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江口洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長