よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

3.集団就職とがじゅまるの会

澤宮 優Yu Sawamiya

 ナミおばあは戦前、小学生のとき、親の借金を返すため、大阪の紡績工場に女工として売られ本土にやって来た。学校も満足に行っていないから読み書きができない。戦後になっていったん沖縄に戻るが、親は戦争で亡くなっており、家の畑は米軍基地に変わり果てていた。故郷に居場所を見出(みいだ)せなかった彼女は大阪に戻り、クブングァーに小屋を建てて住み、子供を育てながら生きてきたのである。
「関西沖縄文庫」の金城馨も、ナミおばあと出会って大きな影響を受けた一人である。兵庫県の尼崎市で育った彼は、小学5年生のときに自分の出自を明かすと、教室で「あいつは沖縄やで」とざわめきが起こったという。
「それまで同級生の眼差(まなざ)しに特別な何かを感じたことはなかったのですが、そのとき以降は自分がどう見られているか不安になりました。沖縄人は、日本人社会では異質だと捉えられていることを自覚させられ、いじめや差別を恐れて沖縄人らしくない行動をとるようになりました」
 改めて考えると、彼のいる沖縄人集落では鶏や豚を飼う養鶏養豚が主要ななりわいだったが、同級生たちは公団住宅に住み、冷蔵庫もあるなど、自分たちの生活とは違うことを自覚した。
「いろんな違いを子供なりに感じて、惨めな気持ちを持っていたんですよ」
 悩み多い日々を送っていた金城は20代のとき、クブングァーの住宅闘争を通して、ナミおばあと出会う。彼は一緒に行商に出かけたときに、彼女の表現力の豊かさを知る。
 読み書きができない、世間の常識で言えば無学である彼女は、金城に自分の人生を琉球歌にして表現し、歌ってくれた。彼女も大変な差別を受けてきた筈(はず)だが、沖縄出身者であることを恥じていない。そこに凜(りん)とした気品を感じた。
「おばあは、居酒屋なんかで渋い顔をして煙草を吸うときがあるんですが、その姿が格好良かったですよ。気の強い顔つきですけど、愛嬌(あいきょう)もあってね。若い者が大きな声を張り上げて政治や天皇の問題を話していると、『大きい声で叫んだら危ないよ』と柔らかに窘(たしな)めてくれたりね」
 ドラム缶の上でビールをラッパ飲みして場を盛り上げるかと思えば、住宅闘争では行政としぶとく交渉し、市営住宅に住む権利を勝ち取ってしまう。
 そんなナミおばあに接していて、金城は沖縄への心境が変化するのを感じた。
「僕にとっての沖縄の根っこにあるものは何かと考えたきっかけになりました。自分は沖縄への差別から逃れようとしましたが、小学校も出ていないおばあの誇り高き生き方を見て、自分の生き方について考えさせられました」
 ひとりで闘ってきたナミおばあにとって、沖縄出身の若者たちが本土で堂々とエイサーを踊ろうとしていることは大変喜ばしいことだったろう。
「沖縄青年の祭り」は開催されたが、若者たちが驚いたのは、あれほど反対した沖縄出身の年長者たちの姿も会場に見られたことだ。それも、孫を連れてきて彼らにエイサーを見せていた。

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

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