4.演劇「人類館事件」が訴えるもの
澤宮 優Yu Sawamiya
その後も「琉球新報」は、大キャンペーンを張って中止を求め、読者からも抗議が多数寄せられ、ついに5月上旬に沖縄の人々の展示は中止される。
じつは一連の抗議には、指摘されるべき点がある。清国も沖縄も自分たちは他国とは違うと他の民族を差別していることだ。清国の抗議理由はこうである。
「インドと琉球は滅びた国でイギリスと日本の奴隷に過ぎない。朝鮮はロシアと日本の保護国である。ジャワ、アイヌ、台湾の生蕃は世界のもっとも卑しい人種で鹿や豚に近い。なぜ中国はこれらの人種と同列に扱われなければならないのか」
沖縄も、「琉球新報」4月11日の「人類館を中止せしめよ」という記事で、その要旨としては次のように、清国と同じことを言っている。
なぜ日本の他の都道府県の異様の風俗を陳列しないで、加えて台湾の生蕃や北海道のアイヌ等と一緒に沖縄県人を展示したのか。それは我々にとって大きな侮辱である。沖縄人は当時、服装や習慣など内地と何一つ変わらない生活をしている意識がある。
「琉球新報」は明治26年に創刊された沖縄では初めての新聞だが、「地方的島国根性を去りて国民的同化をはかる」のが編集方針である。そのため積極的に内地に同化し、徴兵制や租税制度にも従っているという自負があると記事でも述べている。帝国臣民としての誇りが、他の民族とは違うという意識を生み出した。差別される側が、いつの間にか差別する側になるのも皮肉な現象だ。
その点でも「人類館事件」は、差別の本質を浮き彫りにし、今日に通じる課題を含んでいるといえよう。
演劇「人類館」
「人類館事件」は昭和51年に演劇作品「人類館」(知念正真〈ちねんせいしん〉作)のモチーフとなっている。これを上演した「演劇集団創造」は、昭和36年に沖縄県中部コザ(現・沖縄市)の教員や会社員などで作られたウチナンチュの劇団である。なお同戯曲は「新劇」岸田戯曲賞(現・岸田國士戯曲賞)を受賞している。
演出家で、後に「人類館」の演出も手がけた幸喜良秀(こうきりょうしゅう)は、「演劇集団創造」(以下、「創造」と表記)設立に関わった一人である。彼はその経緯を話す。
「日本のいろいろな現実を突く反体制的なリアリズム演劇ですね。テーマのはっきりしたものをやって、支持を得たんです。ウチナンチュであることがどんなに大変か、絶えず議論し、我々はいつもどう生きるかを互いに問うていました。演劇を通して、本土に沖縄の現実を伝えたいと思ったんです」
日本復帰前の沖縄では言論が統制されていたが、幸喜たちは、米国の検閲を無視して第一作の「太陽の影」を上演する。アルジェリアの独立闘争の話で、フランスの知識人たちが激しい弾圧を受けながらも、独立の支援を続けるという作品である。
- プロフィール
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澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。