よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

4.演劇「人類館事件」が訴えるもの

澤宮 優Yu Sawamiya

 その後、幸喜は「アンネの日記」「火山島」などを脚色、上演するが、その作品群の根幹を貫くのは、沖縄の不条理な現実、沖縄の人間が人間として扱われない事実を世界に告発したいという思いだった。
 ただ当時の「創造」には沖縄の現実を掘り下げたオリジナル作品を作るだけの力はなかった。しかしその壁を破ったのが、劇作家・演出家の知念正真である。
 知念は昭和16年に沖縄市で生まれ、上京後に劇団青年芸術劇場の研究生になる。そこで学んだ理論を生かして、オリジナル戯曲「人類館」を書きあげる。当初は演出も知念が自ら行い、「人類館」は昭和51年7月から8月に沖縄各地で上演されて大きな話題になる。
 知念が生み出した演劇作品「人類館」は、大阪の博覧会に展示された「人類館」の琉球人の部屋が舞台で、登場人物は調教師ふうな男、展示された男、展示された女の3人である。調教師を内間安男、陳列される男を大城将俊、陳列される女を今秀子が演じた。
 調教師は沖縄生まれだが、ヤマトに渡ってヤマトふうの習俗を身に付け、日本帝国に同化している。なので登場する3人ともがウチナンチュである。
 芝居の冒頭で調教師はこう語る。
〈人類普遍の原理に基き、全て人間は法の下に平等であります。何人たりとも、その基本的人権は尊重されなければなりません。いかなる意味においても、いかなる差別も決して許してはならないのであります〉
 その建前とは裏腹に、彼は手に鞭を持ち2人の男女を威嚇しながら、琉球人がいかに差別されるべき人種であるか、過去から現在までの歴史を延々と語る。そして、調教師は観客に、琉球人と内地の人との体格の違いを強調する。琉球の男は顔が四角、鼻が異常に大きく、あごのエラが張っている、女は体全体が毛深いと。
 調教師は、「恐れ多くも天皇陛下のご命令」という皇民化政策の大義で、男女に絶対服従を強要する。「天皇陛下万歳」を唱えさせようとするが、男も女も「天皇陛下バンジャーイ」と、訛(なま)りが抜けずうまく言えない。調教師は男女に、くしゃみすらも方言の「ファックス」から日本風の「ハックション」と言えと命令する。
 だがやがて調教師自身も、自分が沖縄の出身という理由で昇進を閉ざされた悩みを愚痴りだす。彼もまた差別されていたのだった。
 そして舞台は沖縄海洋博の時代から、太平洋戦争時代のガマの中での場面に変わる。調教師は軍人に役が変わり、陳列された男をスパイとみなして軍刀で切る。女は男の妻の役になっている。女の抱く赤ん坊が激しく泣くので、調教師は赤ちゃんも殺す。
 やがて米軍兵に降伏してガマを出る男と女。後に残された調教師ふうな男は、芋のようにも見える手りゅう弾を地面に叩(たた)きつけ自爆する。ここで芝居はどんでん返しが起きる。
 陳列された琉球の男が、調教師の死体を引きずってきて人類館で見せ物にし、鞭をふるい、威張りだすのだ。差別された側が一瞬のうちに逆の立場になる場面である。芝居の冒頭で調教師が述べたセリフを、今度は展示された男が同じように語る。

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

Back number