4.演劇「人類館事件」が訴えるもの
澤宮 優Yu Sawamiya
〈初演から二十七年、時代は大きく変わったというのに、なぜ、今? という質問に、私は即座に答えることが出来ない。私自身、時代のずれを感じ続けているからだ。(中略)……同世代なら誰にでもわかる素材を解説なしに舞台に上げた。だから初演当時、観客はよく笑った。まさに打てば響くという様な反応があった。
だが今の観客はどうだろうか。銃剣とブルドーザーで土地を強制接収され、膨大な米軍基地が建設されたことや、天皇の名の下に踏み石にされた沖縄の戦争体験を等しく共有できるだろうか〉(知念正真「なぜ、今「人類館」なのか」『人類館 封印された扉』)
だが関西沖縄文庫からの「今も本質的なものは変わっていない」という熱意に押され、最終的には知念も上演に賛同した。
演劇「人類館」は、平成15年12月6日、7日に大阪市浪速(なにわ)区で上演された。初演時とは当然演じる役者も違う。若い世代の役者は力演したが、知念が言うとおり、初演時にあった観客からの反応や笑いは起こらない。それでも観客席はいっぱいになり、多くの人に「人類館事件」を知ってもらう契機にはなった。見た人たちは今後、「人類館事件」とどう向き合ってゆくだろうか。
「ちゅらさん」(NHK連続テレビ小説 平成13年放送)など沖縄を舞台にしたテレビドラマがヒットし、沖縄は観光地としてブームになってゆく。だが内地からの沖縄への目線は、「人類館事件」で展示された人々に対する目と同質ではないかと、金城馨は問いかける。
「観光ブームの中で沖縄を見ても、本質は見えてきません。知念さんは生前、そのことにすごく憤りを感じていました。沖縄の歴史やこれまで受けた事実から目を逸(そ)らさないで欲しいと言われていました。人間は本質を見ないで生きるほうが楽だから、あえて見ようとしないのでしょうか」
今「人類館事件」に触れる私たちには、沖縄の現実と向き合うことが必要だ。そして一人一人が金城の問いかけを自分の頭で考えることが大切だと思う。『人類館 封印された扉』に掲載された歌詞の一説である。
〈これはたかだか百年前に この国であった 本当の話だ 人類館事件という名の 世にも恐ろしい ノンフィクションなのだ だが今日もどこかで 同じようなことが おきないとも 言いきれないし 歴史は繰り返されるものだと 昔から言われているでしょう 足もとがなんとなく ほらぐらぐらしてきたのが わかるだろうか〉
佐渡山豊の「人類館事件の歌」の歌詞だが、そこに事件の今日的意味を見出(みいだ)す術が隠されている。
- プロフィール
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澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。