よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

4.演劇「人類館事件」が訴えるもの

澤宮 優Yu Sawamiya

 やがて新左翼と呼ばれる、急進的で暴力革命も厭(いと)わない勢力が台頭する。彼らは日米安全保障条約下での沖縄の日本復帰に反対を主張した。それは米軍基地が残ることを意味するからだ。新左翼を中心とした沖縄解放をめぐる闘争は「沖縄闘争」と呼ばれるが、新左翼以外にも、何度か労働者によるデモが行われた。そのとき一部の過激派が警察官と激しく衝突し、乱闘や負傷者も出るようになる。内間は激しい暴力を目にすると傷ついた。沖縄は本土の政争の具にされていると思い、悩んだ。
 昭和47年5月15日に沖縄は祖国復帰するが、内間にとっては嬉(うれ)しさよりも失望が大きかった。彼は語る。
「復帰が決まって余計に酷(ひど)くなったと思う。米軍だけでなく、沖縄には自衛隊も来ましたからね。この島は日本にとって何なのだろうという苦しみが大きくなりました。僕たちが復帰運動や反戦のデモに参加した意味はあったのかと悩みました」
 そんな葛藤を抱えながら内間は大学に進み、その後沖縄県庁に勤務した。彼は政争のような形ではなく、演劇という方法で自分の考えを表明したいと強く思うようになる。
「創造」の活動に力を入れていった内間は、「人類館」との邂逅(かいこう)を果たす。調教師役は彼にとって十八番(おはこ)とも言える役で話題になり、内間と言えば調教師役、という印象が強まってゆく。
 特に彼の印象に残っているのは、劇中で調教師が男女に最初に教えたヤマト語である。それは「天皇陛下万歳」で、「これが言えなかったら日本人ではない」と説教するのだ。さらに、先に紹介した調教師の最期のシーンも、とても印象に残っているという。
 男と女はいつしか舞台から去って、残った調教師は、落ちていた芋を拾い上げ見つめながらしみじみとこう語る。
〈何というグロテスクな面がまえをしているのだ。せめてお前が、リンゴや梨のような、愛らしい形をしていたならば、沖縄の歴史も、また変っていたかも知れないものを……!〉
 調教師は芋を地面に叩きつけると、芋が手りゅう弾になったのだろう、突然爆発し、調教師は死ぬ。この部分のト書きが印象的だ。ト書きは通常、登場人物の動作が書かれるものだが、ここには作者の思いが書かれている。
〈無理もない。芋だって、ここまで踏みつけにされれば怒らざるを得ないだろう〉
 芋はヤマトにとっての沖縄であり、沖縄の人々を表していたのだろう。やがて男女が再びやって来て、調教師の死体を見て、男はこう呟くのである。
〈つまりこれは、天罰だよ。同じ沖縄人のくせしてからに。大和ふうなあして沖縄を差別するからだよ。人間、生まれ島の事を忘れてしまったらおしまいだよ〉
 調教師は彼の内にある沖縄を捨て、懸命にヤマトに同化し、皇民化政策の先兵として、同朋である沖縄の人々を差別してきた。それが彼が本土で生きるための手段だったのだ。
「東京から帰省すると、沖縄の人がヤマトふうに変わることがあるでしょ。あのさ、なんて言ってね。調教師はそんな人物です。だから演技は一にも二にも、ヤマトンチュみたいにしました。言葉使い、アクセント、立ち居振る舞い、すべてを意識して稽古しました。だけど酔っぱらうと奥深くに潜む弱音が出る。この内なる芝居がラストで出てくる。そこは三枚目になってウチナンチュの方言で演じました」

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

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