よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

4.演劇「人類館事件」が訴えるもの

澤宮 優Yu Sawamiya

 劇のラストは陳列された男が、急に調教師に変貌するという意外性のあるものだ。
「沖縄はいつも差別され、本土の人間は差別する側だと言われていました。でもこの作品は沖縄の人たちも差別する側になりえるのだ、という恥部をさらけ出さないといけないのです。その覚悟で『人類館』という作品が生まれたと思います」
 内間はそう語った。
「人類館」には、方言札の話、というのも出てくる。授業中や休憩時間でも沖縄の言葉を使ったら、罰として「方言札」と書かれた木板を紐(ひも)で首に吊(つ)るされたのだ。他の子供が方言を使ったら、札を次にその子供の首に吊るす。延々と札の吊るしあいが続く。それが沖縄への終わらない仕打ちを感じさせる。内間も小学校5年生頃まで、実際に教室で「方言札」を体験した。
「ヤマトンチュになる教育を戦後も先生方は続けたんです。これが今に至る沖縄の差別の現実なんですよ」
 平成11年の公演後に、内間は突然脳内出血で倒れ、舞台に立てなくなった。しかし必死のリハビリを続け、平成26年、15年ぶりに舞台に復帰する。演目は、沖縄戦で肉親を失った人々の苦悩を描く「でいご村から」(大城貞俊作)である。内間は演劇を通して沖縄の現実と対峙し、自分なりの答えを見つけようとしていったのである。
「翁長雄志(おながたけし)前知事も、沖縄のアイデンティティを大事にしたいと言ったけど、『沖縄のアイデンティティ』とは何だろうと考えたとき、僕は一にも二にも平和だと思いました」
 内間の生き方を通して「人類館事件」の根が見えてきた思いがする(内間氏は令和2年4月死去された)。

大正区で「人類館」を上演
 最初に紹介した、大正区で「関西沖縄文庫」を設立した金城馨は、平成15年、人類館事件から100年が経(た)った年に「演劇『人類館』上演を実現させたい会」を結成し、上演に向けて活動を始めた。金城はその目的を語る。
「『人類館事件』を見ると、展示された人たちの悔しさや怒りの感情を想像します。私はそこに先人たちの姿がダブって見え、当時の沖縄人の悔しさを共有する感覚を持ちました。先人たちの足跡を思い出し、現在の沖縄や差別問題について考えること、過去に学び、今に生かす、それを繰り返すきっかけが必要だと思ったのです」
「人類館事件シンポジウム」やパネルディスカッションも行われ、事件の今日的な意義について議論もなされた。沖縄出身のフォーク歌手佐渡山豊が「人類館事件の歌」を作って、ライブで披露もした。
 ところが肝心の上演については、作者の知念正真は当時二の足を踏んだ。彼は著書に思いを吐露している。

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

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