連載
城物語
第一回『戦人の城 (伊賀上野城)』 矢野 隆 Takashi Yano

一 

 家康が何故、己をこの地に移したのか。その答えはひとつだった。
 藤堂高虎(とうどうたかとら)は、みずからの力を十二分に承知している。それ故、この転封がなにを意味するのか、言われずとも解っていた。伊賀十万石こそが、家康が本当に高虎に与えたかった所領である。他に伊勢安濃(あの)郡、一志(いちし)郡内に十万石を与えられ、旧領である今治に二万石も安堵されたが、それは宇和島、今治二十万石という以前の石高を担保し、移封の名目として若干の加増をした結果にすぎない。高虎転封の主眼は、あくまで伊賀なのである。
 前の主、筒井定次(つついさだつぐ)が築いた上野城の本丸館を外から一人で見つめながら、高虎は幕府の行く末に想いを馳せていた。
「父上っ」
 背に幼子の声が触れる。それまでの険しい顔を一気に崩して振り返ると、八歳になったばかりの息子が歩みよってくるのが見えた。
「一人か、大助」
 供も連れずにやってきて隣に並んだ息子に問う。大助は、快活な声で「はいっ」と答えると、先刻までの高虎を真似るように腕を組んで、館を見つめた。
 四十五を越えてようやくできた実子である。目に入れても痛くはないほどに愛おしい。
 なかなか子に恵まれず、血を分けた子に家督を譲ることを諦めようと思ったこともある。丹羽長秀(にわながひで)の子を養子とし、跡を継がせようとした。今でもこの養子は高虎の子として、飛び地である今治二万石の城代を務めている。
 大助が生まれるまでは、養子である高吉(たかよし)を我が子同然に思っていた。父と呼ぶ高吉を頼もしく思い、この子にならば藤堂家のいっさいを譲っても良いとさえ思ったのである。
 しかしやはり。
 我が子が生まれるとなにもかもが違う。
 理屈ではない。己に瓜ふたつの大助が日々大きくなってゆくことが、なにより嬉しかった。赤子の大助を抱いた時、高吉に藤堂家を譲る気など綺麗さっぱり無くしていたのである。今では大助が、藤堂家の嫡男(ちゃくなん)だ。
 今その時、己にとって最も大事な物はなんなのか。そして、その大事な物のために、我が身を顧みず突き進む。それが高虎という男の根幹であった。一度こうと決めたら、迷いはいっさいない。情よりも理を重んじる。理に通らぬことは選ばない。
 そうして二十二万石の大名にまで昇りつめたのだ。
 高虎の立身出世の足掛かりは、豊臣家にあった。秀吉の弟、羽柴秀長(はしばひでなが)に仕えたことが、運を切り開いた。それまで主に恵まれず、奉公先を転々と変えていたが、高虎に言わせれば、秀長より前の主たちが無能だったというだけである。己のほうから見限ったのだ。



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〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
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第一回『戦人の城(伊賀上野城)』