連載
城物語
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』 矢野 隆 Takashi Yano

 義光は家康に最大限の忠誠を誓っている。秀吉に娘を殺されて以降、人目をはばかることなく家康と好(よし)みを通じた。
 豊臣家を滅ぼすのは家康しかいない。そう信じた義光は、間違っていなかった。
 猿が死ぬと、家康はすぐに牙を剥きはじめた。生前、猿が禁じていた大名同士の縁組を強行し、大名間の葛藤を利用して石田三成を政から遠ざけ、大坂城の西の丸に居座って政を恣(ほしいまま)にしている。
 家康は着々と天下簒奪(さんだつ)へと駒を進めている。そのやりようを、義光は心の底から喜んでいた。
 豊臣家が滅ぶなら、後の政を誰が行うかなどどうでもいい。義光の求めるものは、豊臣の滅亡以外にないのだ。
 だからこそ、上杉の侵攻に耐える。西での家康の勝利を信じ、義光ができることをやるだけだ。

「ここは和睦という手もあるかと」
「もう一遍言うてみぃっ」
 気弱な言葉を吐いた家臣の顔を、義光は蹴り飛ばした。大広間の床を滑り、家臣が金張りの襖に激突する。憤怒の眼差しで見下ろす義光に、声をかける者はいない。顔をおさえて震える家臣に、なおも怒鳴る。
「たかが二万の兵に和睦など、もっての外じゃ」
 こちらは七千、数では劣る。しかしそんなことは関係ない。敵は豊臣の片棒を担ぐ上杉家である。手を結ぶという選択は、はなからなかった。
 上杉が旧領である越後にあった頃から、ことあるごとに衝突を繰り返している。猿によって景勝が会津へ転封されると、出羽国のうち会津に隣接する置賜(おきたま)地方と飛び地の庄内地方も上杉領となり、義光の版図が上杉領百二十万石を分断する形となった。置賜の米沢城に配されたのが、景勝の腹心、直江山城守である。
 最上と上杉は不倶戴天(ふぐたいてん)の間柄なのだ。
「しかし」
 襖に激突した家臣が、平伏してなおも言い募る。恐れをなして黙るよりも、主(あるじ)の怒りを恐れず諫言(かんげん)におよぶような者のほうが好ましい。義光は黙って家臣の言葉を聞く。
「すでに敵は上山口(かみのやまぐち)、畑谷口(はたやぐち)の両道を北へと進んでおりまする。畑谷に籠る江口五兵衛(えぐちごへい)以下、五百の将兵はひとたまりもないかと」
「ひとたまりもないじゃと」
 睨(にら)みながら問う。返す言葉が見つからない家臣に対し、義光はなおも言う。
「古(いにしえ)より寡兵(かへい)にて城に籠り、大軍を退けた例はいくらでもある。戦いもせぬうちから、ひとたまりもないなどとほざくな」
「はっ」
 深々と頭を下げ、家臣が黙った。
「とにかく」
 言いながら義光は、上座(かみざ)に腰を落ち着け、左右に居並ぶ男たちを睥睨(へいげい)した。
「上杉はなにがあっても退ける」
 鬼気迫る義光を前に、それ以上口を開く者は一人もいなかった。



 
〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第七話『姉の背中(白石城)』
第六話『民次郎の義(弘前城)』
第五話『士道の行く末(五稜郭)』
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』