よみもの・連載

城物語

第四話『憎しみの城(長谷堂城)』

矢野 隆Takashi Yano

 戦が動いている。
 敵味方双方に溜まりに溜まった感情が、決壊しようとしていた。
 伝令は荒い息とともに、声高に叫ぶ。
「戦況、いずれも一歩も譲らず」
「そうか。我が方が優勢であったのが、いずれも譲らぬに変わったか」
 義光の前に控える伝令が、厳しい顔でうなずいた。
「父上っ」
 義康が猛(たけ)る。義光は息子を見ずに伝令に告げる。
「相解った。光安には存分に励めとだけ伝えよ」
「はっ」
 三人目の伝令が去り、広間を静寂が支配する。
「義康よ」
 眉間に皺(しわ)を寄せ、不満を露わにする息子に、穏やかな声で語りかける。
「この戦は辛いか」
「辛うござります」
「駒はもっと辛かったはずじゃ」
 義康の目がおおきく見開かれた。まさかここで死んだ妹の名が出るとは思わなかったようだ。
「父に命じられるまま都に行き、これからであったというに、理不尽にも三条河原に引き据えられ、首を刎ねられた。駒は抗う術すらなかった。が、儂等はどうじゃ。こうして耐えておる間も、戦うておる」
 義康は黙って聞いている。
「儂は勝つための戦をしておるつもりじゃ。それ故、こうして御主たちに苦しき想いをさせておる。一手間違えば、すべてが無に帰す大事な戦じゃ。それ故、儂はこうして耐えておるのよ。駒の無念を思えば、打って出れぬ辛さなど些末(さまつ)なものじゃ」
 駒の非業の死は、ここに並ぶ家臣たちも十分に承知している。山形を出る駒の幸せを、ここに集う誰もが願っていたのだ。義光の無念は家臣たちの無念でもある。
「父上」
 義康がうつむきながら言葉を吐く。
「某(それがし)は焦っておりました。父上の心を推し量りもせず、目先の戦局に躍らされ、浅薄な進言ばかりをいたしておりました。もはや某はなにも申しませぬ。父上のなされたきように、なされませ」
「御主が申さねば、誰かが言っておった」
 義光は家臣たちを見た。
「のう、そうであろう」
 涙ぐむ男たちの口に、微笑が浮かぶ。
「長谷堂からの吉報を待とうではないか」
 主の言葉に、皆が素直にうなずいた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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