よみもの・連載

城物語

第四話『憎しみの城(長谷堂城)』

矢野 隆Takashi Yano

 攻め寄せる直江山城守は、一万を超す大軍である。いっぽう守兵は千余り。数の上ではまったく勝負にならない。それでも光安たちは、頑強に城を守り、敵を寄せつけないでいる。
 義光の頑強な想いは、味方の一人一人にまで伝わっていた。
 御主等ならやれる……。
 義光は皆を信じながら、十里あまり離れた戦場より届く報せを、山形城で聞いている。
 開かれた襖のむこうに見える庭は、今日も霞がかっていた。長谷堂城で戦う者たちからは、この城はどう見えているのだろうかなどと考える。なだらかな地平の先に白色の霞に覆われた山形城。
 果たして敵に、この城は見えているのか。
 義光の思惟(しい)を破るように、声が聞こえた。
「志村殿は城に籠っておるだけではなく、小勢で夜襲をかけておられまする。神出鬼没、何処から湧いて来るか解らぬ故、敵はただただ翻弄されるばかり。そのうえ、城の周囲のぬかるみに足を取られ、思うままに攻められず、長谷堂に足止めを喰ろうておりまする」
 息子の義康である。伊達の使者をしっかりと務めあげ、陸奥より戻ってきていた。
「そうか、天下の直江山城も、ぬかるみには勝てぬか」
「そのようですな」
 骨太な義光とはあまり似ていない細く尖(とが)った顎を滑らかに動かし、息子は軽い声で答えた。
 敵が長谷堂城に攻め寄せて、すでに十日あまりが経っている。
「伊達の後詰もこちらに向かっておるとのこと。じきに山形に入りましょう」
「すでに敵も後詰の到来を知っておるであろう。直江はますます焦るであろうの」
 義光は耐えている。
 本当は、今すぐにでも長谷堂城に駆けつけたかった。
 豊臣に与する上杉の兵を、みずからの手で屠(ほふ)りたいという衝動が、日を追うごとに抑えられなくなってきている。息子や家臣たちは光安の奮闘を知り、安堵しているようだが、義光は違う。長谷堂城が堪えれば堪えるほど、義光が太刀を取る日が遠くなってゆく。このまま上方の戦が落着し、家康が勝利してしまえばどうなる。義光は一度も太刀を振るうことなく、上杉が兵を退くということも在り得るのだ。
 いっそのこと討って出るか。
 長谷堂城を攻めあぐねる敵の後背に襲いかかり、一気に勝敗を決してしまうという手もなくはない。直江山城守を攻め立て、そのまま米沢、そして会津に入り、上杉景勝を殺して、義光も上方に向かう。そして家康とともに大坂に攻め上り、猿の血族を撫で斬りにする。獣の強欲に塗(まみ)れたきらびやかな大坂城を、猿の縁者どもの血で真っ赤に染め上げるのだ。朱く染まった大坂城を地獄より眺め、猿はみずからの所業に身震いするだろう。その時こそ、義光の虚(うつ)ろな心は満ちる。
「父上」
 黙ったままの義光を心配するように、義康が声をかける。
「なんじゃ」
「いえ、伊達の後詰が到来し、この城に参るとのことでござりまするが、長谷堂城はいかがいたしましょう」
「儂等がここにおるのに、伊達の兵をいきなり敵に差し向けるわけにもゆくまい。まずは丁重にこの城に御迎えし、布陣する場所はむこうに任せるのじゃ」
「はは」
 義康が頭を下げる。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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