よみもの・連載

城物語

第四話『憎しみの城(長谷堂城)』

矢野 隆Takashi Yano

 耐える戦であった。
 米沢から畑谷口を攻め上った直江兼続率いる上杉本隊は、山形の南西の要である畑谷城へと攻めかかる。城に籠る江口五兵衛親子以下、五百人あまりの兵の抵抗もむなしく、城は二日にして落ちた。
「そうか、直江山城は撫(な)で斬りを命じたか」
 義光は、怨嗟(えんさ)のにじむ声を吐いた。鎧(よろい)に身を包んだ家臣たちが、満面に苦悶をたたえたまま上座を見つめている。
 撫で斬り。皆殺しである。五百の兵を皆殺しにして、敵はなお侵攻の手を休めない。
「上杉め。謙信(けんしん)以来、義を尊ぶ気風であるなどと申しておりながら、撫で斬りを命じるか。直江山城。誰よりも謙信の志を受け継ぐ者だと思うておったが、理に聡(さと)い者は一度頭に血が昇ると見境がなくなるということか」
「殿」
 家臣のひとりが言った。
 義光は無言のまま視線を送り、言葉をうながす。すると、家臣は言葉を選ぶようにして語りだした。
「敵は畑谷城を占拠し、そのまま長谷堂(はせどう)へ攻め寄せた模様。上山口を進軍する本村親盛(ほむらちかもり)なども、今頃は上山城に攻め寄せておりましょう。二手に分かれた敵は恐らく、長谷堂城で合流しようとしておるのではありませぬか」
 上山城を北に進めば、長谷堂城は目と鼻の先である。畑谷城から山裾を南東に進めば、たしかに長谷堂あたりで上山城を落として攻め寄せる者たちと合流できるだろう。
「畑谷、長谷堂、米沢側の要である両城が落ちれば、この城までは十里あまり」
 言われずとも解っている。
「それだけではござりませぬ。庄内からも、最上川を北上し、敵が迫っておりまする」
 上杉領を最上領が分断しているということは、攻め手から見れば、挟み撃ちの格好になっているということだ。
「義康(よしやす)はまだ戻ってこぬか」
「今日明日には戻られるかと」
 上杉が畑谷城を占拠したという報せを受けるやいなや、義光は嫡男(ちゃくなん)の義康を使者として陸奥に送った。
 陸奥の伊達政宗(まさむね)も家康に付き、義光とともに上杉攻めに参陣していた。小山(おやま)で家康が引き返すと同時に、政宗は領国に戻り、上方の趨勢を見守っている。上杉が山形に向けて出兵したという報せを受けた義光は、すぐに救援を頼むための使者を北目城(きためじょう)にいる政宗のもとへと走らせた。昔は奥州の覇権を争い憎みあった仲ではあるが、政宗の母は義光の妹である。今はともに上杉の横暴から、奥羽の地を守る同志であった。
 政宗の後詰(ごづめ)が敵の背後を衝けば、こちらも楽になる。後詰の到来とともに義光も城から討って出て、上杉を挟み撃ちに持ち込むことができる。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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