よみもの・連載

城物語

第四話『憎しみの城(長谷堂城)』

矢野 隆Takashi Yano

 伝令が来たのは、夜半になってからである。
「敵は我が方の勢いに押され、直江山城が兵を引くよう本陣より法螺(ほら)を吹き申したが、先陣の上泉泰綱らがそれを聞かずに突出、討死」
「そうか」
 義光は膝を叩いた。
 上泉泰綱といえば、父は新陰流(しんかげりゅう)の開祖、上泉伊勢守(いせのかみ)である。上杉軍のなかでも有数の武辺者だ。泰綱を討ったというのは、大きな戦果である。
「敵は退きましてござりまする。四百三十あまりを打ち果たし、我が方は三百ほどが討たれ申した。後詰の伊達も戦に加わり、百十ほどが討たれたとのこと」
 寡兵でありながら同数以上の敵を仕留めたのだ。勝利といっていい。
「儂が喜んでおったと光安に伝えよ」
「はっ」
 伝令が下がる。
 山形の地にくぐもっていた男たちの鬱屈の奔流は、敵に牙を剥こうとしていた。
「流れはこちらにあるぞ」
 確信に満ちた声で、義光は言った。

 連日城をおおっていた霞が、今日は幾分薄まっていた。朝方、東の空を見ても白い幕におおわれて見えなかった日輪が、今日は淡い紗(しゃ)の向こうに丸い輪郭を描いている。
 そろそろか……。
 義光は機のうねりをはっきりと感じている。
 双方の兵が激突した戦いから四日が過ぎた。上泉泰綱を失った敵は、ふたたび沈黙を保っている。
「直江山城は稲を刈ったか」
 伝令の言葉を聞き、義光はちいさくうなずいた。伝令は続ける。
「挑発であると承知の上で、鮭延秀剛(さけのべひでつな)殿が百人あまりを連れて城を出られ、稲を刈る者等を追い払い、こちらから敵を挑発。それに乗った敵が突出すると、城近くに誘(おび)き寄せ、伏せていた鉄砲隊にて撃退いたし申した。こちらにひとりの犠牲もなし」
 家臣たちが歓喜の声を上げる。
 義光はひとりつぶやく。
「敵はそうとう焦っておるようだな」
 間違いなく今日明日のうちに戦は動く。これまで、戦場での勘がはずれたことはない。
「あと少しの辛抱じゃと光安に伝えろ」

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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