第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
矢野 隆Takashi Yano
「直江山城が畑谷城に入ったようにござります」
「うむ」
義光は太刀を鞘(さや)に収めようとした。だが、手が震えて思うように切っ先が鯉口(こいぐち)に入らない。
「父上」
心配そうに息子が声をかける。
「大事無い」
やっとのことで太刀を収めると、義光は息子を見た。
「畑谷城に入ったとなれば、深追いしても仕方あるまい。山形城に戻るぞ」
「しかし」
「勝ったのじゃ」
己に言い聞かせるように義光は言った。
「三成め等が敗れたとなれば、上杉も無事では済むまい。もうよい」
むざむざ死地に足を踏み入れることはないのだ。上杉を滅ぼすよりも、義光にはやらなければならないことがある。
豊臣家の滅亡。
駒の無念は必ず晴らす。
そのためならば、どんなことにも耐えてみせる。
「儂は死なぬぞ」
誰にともなくつぶやいた。
この戦から十五年の後、豊臣家は最上義光の望み通り、徳川家康の手によって滅亡の日を迎える。しかしそれを義光が見ることはなかった。豊臣家が滅亡したのは、彼が駒の元へと旅立った一年後のことであった。
- プロフィール
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矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。