連載
城物語
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』 矢野 隆 Takashi Yano

「殿」
 先刻の家臣が、沈鬱な面持ちで言葉を吐いた。
「来るかどうかも解らぬ伊達の後詰を頼りにしておるうちに、敵にこの城を囲まれたらひとたまりもありませぬ。やはりここは」
「屈せよと申すか」
 義光の怒りを悟った家臣が、うつむいたまま固まった。先日のように激昂することなく、義光は家臣に語る。
「この戦は、この地のみで行われておらぬ。儂等(わしら)が戦うておる今も、上方では家康殿が戦うておられる。御主(おぬし)も家康殿を知っておろう。あの御方が、毛利輝元(もうりてるもと)や石田三成などに負けると思うか」
 家康は名うての戦上手である。全盛を誇った猿を敵に回して、寡兵をもって退けたこともある野戦の名手だ。その家康が、大国の凡庸な三代目や、小利口なだけの猿の腰巾着などに負けるはずがない。
「たしかに上杉は、儂等に倍する兵を引き連れておる。が、儂が頼りにしておる後詰は、政宗などではない。真の後詰は遥か西方にある」
 うつむいていた家臣が、目を見開いて義光を見た。
「徳川殿……」
 そうじゃ、と答えてから義光は続ける。
「耐える時に耐えねば、真の勝利は得られぬのじゃ。まだ戦は始まったばかりぞ」
「ははっ」
 居並ぶ家臣たちがいっせいに平伏した。

 義光の強靭(きょうじん)な意志は、戦場の味方にも届く。
 最初の吉報は上山城からであった。
 上山城の将である里見越後守(さとみえちごのかみ)は、義光とともに本城である山形城に籠っている。そのため、城を守るのは越後守の子である民部(みんぶ)と、草刈志摩守(くさかりしまのかみ)ら七百人の手勢であった。
 城を囲む敵に対し、里見民部は勇猛果敢にも夜襲をかけた。
 これが功を奏する。
 七千人もの敵は、夜襲を受けて総崩れになった。多くの兵が死に、敵将、本村親盛をも討ち果たしたのである。敗残の兵を取りまとめた敵は、そのまま退いた。
 米沢から攻め寄せてきた敵は、直江山城守が率いる本隊のみ。
 吉報は続いた。
 長谷堂城に攻め寄せた直江山城守であるが、守将である志村光安(しむらあきやす)の必死の抵抗の前に、なかなか攻め落とせずにいるという。
 直江山城守が長谷堂城を取り囲んだのは九月十六日のこと。
 長谷堂城は山形の平地の南端に位置する丘の上にある。周囲に無数の廓(くるわ)を配し、四方いずれから攻められても備えられる堅城であった。
 この城は、山形から白鷹(しらたか)丘陵を越えて荒砥(あらと)へと向かう小滝街道と、上山へと至る古道が交わる要衝にある。過去には、伊達家に奪われたこともあった。
 長谷堂城はいわば、山形の南の玄関口である。そのため義光も、気骨のある将を配していた。光安は長谷堂を守るに相応(ふさわ)しい男である。そしてそんな義光の信頼に、光安は命懸けで応えてくれていた。



 
〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第七話『姉の背中(白石城)』
第六話『民次郎の義(弘前城)』
第五話『士道の行く末(五稜郭)』
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』