よみもの・連載

城物語

第四話『憎しみの城(長谷堂城)』

矢野 隆Takashi Yano

 一夜明け、空は青々と晴れ渡っていた。城を覆う霞は消え去り、義光が籠る本丸館を激しい風が叩いている。直江が稲を刈った日が明け、事態は義光の予測通り、急転した。
 西からの使者の到来を知り、家臣たちが呼び集められる。義光も鎧に身を包み、急ぎ広間に向かった。
「去る九月十五日、美濃(みの)関ヶ原において、徳川家康殿と石田三成等が激突。夕刻には勝敗が決し、三成等、内府殿に敵対していた将はことごとく敗走。家康殿の大勝利にござりまするっ」
 額を床に打ちつけんばかりに平伏し、使者が叫んだ。
 広間がどよめく。
「良し」
 義光は思わず立っていた。力強く拳を握り、天を見上げた。
 感情が抑えられない。
 戦人の血が騒ぐ。
 血走った眼で家臣たちを見ながら、義光は声を吐く。
「この城に上方の決着が伝えられたということは、すでに敵も三成め等の敗北を知っておろう。徳川殿が勝たれたとなれば、もはや上杉に利はない。切れ者の直江山城のことじゃ。速やかに兵を退くであろう。逃してはならぬっ」
「では父上」
 言った義康の顔も紅潮している。力強く息子にうなずいてから、ふたたび家臣たちに向けて告げた。
「すぐに城を出て、上杉を叩くっ」
「応(おう)っ」
 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように、家臣たちがいっせいに雄叫びをあげて、立ちあがった。
 情念の奔流が、上杉へと襲いかかる。

 長谷堂城を退く敵が、畑谷城を目指す。
 義光はともに耐えた息子や家臣とともに、敵めがけて山道を疾駆する。
「すでに伊達の兵が、敵の殿(しんがり)の行く手を阻んでおる模様」
 駆けながら伝令の報告を聞く。慰労の言葉をかけもせず、義光はかたわらを駆ける息子に向かって叫ぶ。
「御主はみずからの手勢を率い、山道を迂回し、伊達に行く手を阻まれておる敵の横腹に喰らいつけ」
「承知仕(つかまつ)りましたっ」
 これまでの鬱憤を晴らすかのように、義康が我先にと馬を駆る。
「儂等は背後を衝く。なんとしても直江山城を米沢に帰すなっ」
 家臣たちに吠える義光の目が、敵の姿をとらえた。
 殿である。すでに義康が側面から突っ込んでいた。その先では伊達の兵が、戦っているはずだ。
「突っ込むぞっ」
 殿に手こずっている暇はない。退却時、己が命を捨てて戦場に留まり、味方を安全に領国へと戻すのが殿の役目だ。すでに死ぬ覚悟はできている者たちである。
 手早く始末してしまわなければ、追撃もままならない。このまま殿に足止めを喰らって時を過ごせば、敵の思う壺である。直江山城守は畑谷城に辿り着き、無事に米沢に帰還するだろう。
 それだけは決して許さない。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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