第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
矢野 隆Takashi Yano
強い力が頭を押す。後ろに倒され、そのまま馬から落ちそうになるのを、手綱をつかんで必死に止めた。兜(かぶと)のあたりから、煙の匂いがする。どうやら撃たれたらしい。
「殿っ」
「大事無い」
心配が悲鳴となって漏れだしたかのような家臣の声に答えながら、義光は眼下の敵に太刀を振り下ろす。
死なない。
こんなところで死ぬわけがない。
豊臣を滅ぼすまで、義光は死んではならぬのだ。
鉄砲衆を踏みにじられても、敵の抵抗は衰えなかった。
義光は目を凝らす。
敵の群れのなかに、揃いの胴丸ではない鎧を着けた者が目立つ。
この戦の前、上杉は多くの浪人たちを会津に引き入れたと聞く。どうやら殿で戦っている者の多くは、その浪人のようだ。
「己が主でもない者を守るために、何故そこまでして戦う」
義光には浪人たちの気持ちが解らない。
身命を賭して戦うのは何故か。
身内のためである。
妻子、そして家臣。領内に住む民のためならば、義光は死をも厭わず戦おう。武士として華々しく散るなどという愚かな想いはない。
生きてこそ武士である。
死んでなにが残るというのか。
死の先にはなにもない。
駒がそうであったように……。
いや。
駒の死は無駄ではない。
こうして義光を生かしている。
義光が今、戦っていられるのは、駒の死があったからだ。妻のように死ねぬと思うのは、駒が笑っていたからだ。
あの笑顔のために、義光は戦う。
豊臣が滅ぶその日まで。
「押せっ、押すのじゃっ」
家臣たちを叱咤(しった)する。
「最上義光と見たっ」
浪人衆のなかから声があがる。百戦錬磨の義光さえも身震いする凄まじい声だった。
大ふへん者……。
男の背にある旗印に、そう記してあった。
皆朱(かいしゅ)の槍を小脇に挟み、見事な白馬にまたがった偉丈夫(いじょうふ)が、最上の兵を掻きわけながら向かってくる。その爛々と輝く瞳は、義光だけをとらえていた。
「前田慶次郎利益(まえだけいじろうとします)、推参(すいざん)っ」
吠えた浪人が、槍を振りあげた。
義光は息を呑み、とっさに太刀を構える。
- プロフィール
-
矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。