第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
矢野 隆Takashi Yano
直江山城守はあの猿の寵愛(ちょうあい)を受けた男である。上杉家から貰い受けようとまでしたほどに、猿は直江に目をかけていた。
そんな男は生かしておけぬ。
「ゆけっ。一兵たりとも逃すなっ」
義光の言葉を聞いた兵たちが、敵へと襲いかかる。
木々に覆われた山道に、おびただしい数の銃声が轟いた。
いきなりのことに驚いた義光の馬が、前足を高々と上げる。
「どうっ」
馬の首を叩いて落ち着かせようとする義光であったが、銃声は止まない。間断なく放たれる銃弾が、味方を薙(な)ぎ倒してゆく。
敵の殿はどうあってもここから先に通さないつもりだ。
ようやく馬を落ちつけた義光は、血走った眼で敵を睨む。
殿の最前列に、銃口が並んでいる。膝を突き、その場に留まり、こちらに向かって銃を構えていた。その背後では、義康たちが戦っている。後ろから迫ってくる者が本隊であると見越した敵は、銃を後列に揃えたようだ。腹を食い破られても構わない。とにかく後ろから追ってくる本隊だけは、どうやっても止める。そんな直江山城守の声が聞こえてくるような布陣だった。
義光は腰の太刀を抜き、高々と突きあげ、馬腹を蹴る。
「鉄の玉などに臆するなっ。構わず押せっ」
こういう時は、みずからが先頭に立って皆を鼓舞するのだ。
「駒……」
誰にも聞こえぬ声で、娘の名を呼んだ。
弾は当たらない。
駒が守ってくれる。
念じながら馬を駆り、銃弾の雨のなかを走り、前線に躍りでた。
義光の果敢な姿に、味方も奮い立つ。撃たれて倒れる仲間を踏み、前に進む。
「ゆけぇっ」
「危のうござりまするっ、御館様っ」
家臣が叫んだが、誰なのか解らない。義光の目は敵しか捉えていなかった。
銃を構えた敵が眼下にいる。
気合をひとつ吐き、太刀を振り下ろす。恐怖に引き攣(つ)った男が、銃を抱いたまま首を飛ばした。
義光を先頭に一丸となった最上の兵たちが、鉄砲衆を呑みこんでゆく。乱戦になると銃は弱かった。狙いが定まらぬなかで、撃てるような代物ではないのだ。
「手柄首など捨てておけっ。将も徒士(かち)も関係ないっ。とにかく目の前の敵を斬り捨てよっ」
悪鬼の形相で怒鳴る。
その時、敵と味方が上げる怒号を掻きわけて一発の銃声が鳴ったのを、義光ははっきりと聞いた。
- プロフィール
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矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。