よみもの・連載

2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

江口
私も新しさを感じながら、楽しく拝読した一冊です。
澤田
現在の我々と同じように彼女たちを描こうとするのも、『女人入眼』の特徴なんです。毒親としての政子、それに従わされる娘としての大姫……私たちが共感をもって接したり、理解したりすることができる、そんな人間として描いている。現代を生きている読者の方が手に取りやすい作品になっているんです。たまたま昔の人であるというか、私たちとすこし生きている地層が違うだけの、同じ人間なんだと感じられます。
江口
もう一冊挙げていただいた『広重ぶるう』も、個人的に強く印象に残っている一冊です。梶さんは本当に多作な方ですが、『広重ぶるう』を読んで、多彩なテーマにご興味を持たれている方なのだということを改めて実感しました。
澤田
浮世絵界のなかで有名である歌川広重ではなく、ある意味で、人間の一生のなかでたまたま絵師になってしまったような、一個人としての広重を描いていらっしゃいます。天才肌でもないし、人間としての駄目さもある、だからこそ彼は頑張っていく。我々は芸術家を特別な人間として描きがちですが、『広重ぶるう』ではあくまで地に足のついたひとりの人間として彼を捉えておいでです。いまの歴史時代小説は、偉人ではない人間を書く時代にきているのかなと私自身が考えていることもあり、そうした二作品を取り上げさせていただきました。
江口
歴史時代小説といえば偉人を真正面から取り上げるのがメインストリームでありつづけましたが、名もない人、注目されてこなかった人にスポットライトを当て、掘り下げていくというのは今後のひとつの流れになるのかなとは感じます。矢野さん、天野さんはどう思われますか。
矢野
私の場合、英雄は英雄で好きなのですが、いわれてみれば、書く場合にそうした人ばかり取り上げているわけでもないですね……。いずれにしても「人間」を描くんですけれども、描く側が立ち位置をどこに定めるか、ということなのではないでしょうか。加えていえば、偉人を描くということにかんしてはかなり型が定まってしまっている。何か手つきを変えると「新しい信長観」のようにいわれることもまた、偉人をめぐる型が相当固まっていることと裏表の関係にありますよね。名もなき人を書くということは、自由な発想ができると同時に、そこに自分なりの人間観なども載せやすくなるということなのではと感じます。
天野
そうですね。「新しい信長像」といわれる場合でも、何かを上塗りしているだけではないものになっていればいいですよね。そのためには、偉人といわれてきた人にしろ、周りの人々にしろ、きちんと「人間」として書くということが、やはり大事なんじゃないかと思います。
プロフィール

天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。

澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長