2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆
構成/宮田文久 撮影/織田桂子
- 江口
- その意味では、矢野さんが佐藤賢一さんの『ナポレオン』全3巻(集英社文庫、2022年6月〜8月)を挙げてくださっているのが印象的です。
- 矢野
- 佐藤さんはまさに、ナポレオンを人間として描いているんですよね。そして、人間としてのナポレオンを読むことは、たとえばいまロシアのプーチンを考えるということに、どこかつながるんじゃないかと思うんです。ひとりの男の欲望、我欲のあり方の問題といいますか……。ナポレオンはコルシカ島の出身で、要するにフランス人ではない生まれでフランスで成り上がるために、戦争に次々と勝っていかなければならなかった。勝ちつづけなきゃいけないということから彼の悲劇が始まっていくわけですが、なぜそのようにしか生きられなかったのか、生きられないのかという人間としての姿は、私たちの現在の世界につながっているはずなんです。『ナポレオン』を読むことで、いまを“動いている歴史”として見ることができるのではないか、と感じています。
- 江口
- 佐藤さんの本作は、読む前は長さにひるむかもしれませんが、一度ページをめくったら最後まで一気に読まされてしまう面白さですよね。そして何よりも、ナポレオンがみっともなくて、情けないところがポイント。その辺にいる人、といったら語弊があるかもしれませんが、いまを生きている私たちが読んでも理解できるナポレオンを、佐藤さんは描いているのだなと思います。
- 矢野
- そうですね。いまの歴史時代小説には、澤田さんがおっしゃったような、これまで脇にされていた人をきちんと描くという方向があります。一方で、メインストリームの人物を描く際でも、現代に通じる歴史の見方を描き出すということができる。その両方がありえるのかな、と感じます。
- プロフィール
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天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。
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澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。
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矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。
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江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長