よみもの・連載

2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

江口
本になるのが待ち遠しいです。最後は、天野さんの『もろびとの空 三木城合戦記』ですね。戦国末期、信長に反旗を翻した三木城城主・別所長治と周辺の人物、領民たちも含めて、その苦しい戦いを多視点で描いた小説です。
天野
まさに、英雄史観や中央史観からはすこし外れた人たちですよね。華々しい合戦話だけが戦国の歴史ではないし、各地にも似たようなことはたくさんあったはずだ、ということを書きたかった作品です。
江口
「城」という題材は改めて面白いですし、最近またひとつの流れがきている気もしています。普段はミステリーを書いていらっしゃる米澤穂信さんが『黒牢城』で直木賞を受賞され、今村翔吾さんが同じく直木賞をとった『塞王の楯』は大津城が舞台。お城を切り口に物語に向き合うというのが、ひとつのトレンドなのかなと。
天野
書く立場としては、狭い場所に人が密集しているぶん関係が密になるし、掘り下げていきやすいですね。今日の話に即していえば、大きい状況を書かずに、グッとフォーカスを絞っていくということもできます。
澤田
ミステリーでいうところの、密室もののような感覚もあるんでしょうか。
天野
はい、だからこそ、複数人物を並行して描くグランド・ホテル形式も効くんですよね。城は、いろいろなことができる舞台だと思います。
矢野
そのうえで三木城は、籠もった側のことが史料にたくさん書かれていますもんね。
澤田
その地に、間違いなく存在した歴史ですよね。いままでの英雄史観では、戦国時代のなかでもああいった人たちは書かれない傾向にありましたが、「絶対にいた」ということに光を当てた点で、非常にエポック・メイキングな作品だと私は思っています。
天野
ありがとうございます。そこにたしかにいた、しかし従来はメインではなかった人たちを書いていきたいし、読めたらいいなと思いますね。
江口
三木城自体が、これまでは攻める側の羽柴秀吉目線の話のなかに、ちょこっと出てくるぐらいの存在でしたものね。
天野
しかも、力攻めにしなかった秀吉が優しい、というような話でくくられることすらあるという。
江口
そこできちんと、語られざる側の人間を深掘りしていったからこそ、澤田さんがおっしゃるようにエポック・メイキングなのでしょうね。
澤田
はい。私たちはいま、それこそウクライナ・ロシア間の戦争を見ながら、英雄史観に走るのはおかしいということを身をもって実感しているはずです。
天野
たしかに、あの戦争を毎日ニュースで見ていて、書くものが変わらないのはまずいよなと思います。だからというわけではなく、以前から進めている話ではあるのですが、ユーラシア大陸の全域を舞台にした企画を進行中です。大学で東洋史を学んでいたこともあり、もとから興味がある分野でして。コロナ禍での中断はありつつ、きちんと取り組んでいきたいですね。
プロフィール

天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。

澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長