よみもの・連載

2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

澤田
私は今回、初めて知りました!
江口
すみません、私も未読です。
天野
すごいんですよ、この小説。タイトル通りの「マリー・アントワネットの日記」という内容で、日記文学といってもいいのかもしれませんが、とにかく終始、「ウケるwww」というようにギャル語で喋るんです(笑)。
矢野
(机上の『マリー・アントワネットの日記』シリーズをめくりながら)すごい、ちょっと見ただけでも、これまでの歴史時代小説家の手法ではまったくないですね。でも面白そう(笑)。
天野
歴史時代小説って決まった型があるわけではなくて、過去を舞台にした小説ならば十分、歴史時代小説だといえるんだと実感しますよね。マリー・アントワネットって、ひどい王妃だったと後世に好き放題いわれている存在であるわけです。しかしこの作品を書くにあたって作者の方は、フェミニズム的な視点から、おそらくものすごく丁寧に資料を読みこんでいる。マリー・アントワネットには彼女なりの考え方があったし、周囲のバイアスがかかった目線によって従来のような語られ方になっているということがわかる話なんです。歴史時代小説って、もうそろそろこの作品のように、いろいろアップデートしていかないと生き残れないんじゃないかなと、個人的にも感じているところでして。
江口
歴史時代小説というジャンルそのものが生き残れない、と。
天野
はい。もちろん英雄豪傑の話が好きな読者の方もいると思うのですが、そうじゃない話もどんどん出していって、新しい読者の方に面白さを伝えていかないとまずいんじゃないかな、と。「こんなの歴史時代小説じゃない」という玄人(くろうと)の意見もわかるんですけれども、「でも、歴史時代小説ってそんなに狭いもんじゃないよね」ともいえると思うんです。
江口
間口がもっと広がっていい、ということですよね。私も天野さんのお話をうかがって、『マリー・アントワネットの日記』を読みたくなりました。お三方の推薦書を見渡すと、2タイトルはヨーロッパ史で、2タイトルは平安・鎌倉で、もう1冊は江戸の絵師の話ですね。
矢野
戦国、幕末がないですね。
プロフィール

天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。

澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長