よみもの・連載

2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

江口
では、天野さんおすすめの2冊にまいりましょうか。まずは、周防柳さんの『身もこがれつつ 小倉山の百人一首』(中央公論新社、2021年7月)からうかがってもよいですか。
天野
ざっくりいうと、歌人である藤原定家が百人一首をつくる話です。扱われているのは鎌倉時代。それこそNHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも扱われていた、後鳥羽上皇と幕府のあいだで駆け引きが行われたり、結果として承久の乱が起こったりしていく時期です。けれどもそうした政情は、『身もこがれつつ』ではあくまで背景として置いてあるんですね。藤原定家と後鳥羽上皇、そして定家の友人である藤原家隆、三人の人間模様を中心にしたお話なんです。
澤田
私も実は挙げようとした一冊なんですが、天野さんが先にリストに入れていらっしゃるとお聞きしたもので。承久の乱はいわゆる「ナレ死」(=登場人物の死や顛末<てんまつ>をナレーションだけで伝える)でほぼ終わらせているという、きっぱりとした態度の小説ですよね。
天野
取捨選択が潔いですよね。歴史時代小説の読者の方のなかには、政治的な駆け引きとか、合戦のディテールを読ませろという人もいるかもしれません。けれどそこに生きた人たちの、人生や恋愛模様のリアリティにグッと寄ってフォーカスを合わせていくというのもいいんじゃないかと、改めて思わされました。必ずしも政治や戦争ばかりが歴史ではないし、小説で書くべきものでもないんじゃないか、と。
江口
周防さんは、2013年に第26回小説すばる新人賞を受賞した『八月の青い蝶』でデビューされた方です。文章がとても読みやすい方ですよね。
天野
本当ですね。文体がこの時代を描くのにもバッチリはまっていると思います。もちろん、百人一首が成立に至るストーリー自体も面白かったんですが、文章そのものも読んでいて気持ちいいという、素晴らしい小説でした。そしてもう一作挙げたいのが、吉川トリコ『マリー・アントワネットの日記』シリーズ(新潮文庫nex、2018年7月〜)です。
プロフィール

天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。

澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長