よみもの・連載

2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

江口
本当に、そうですね。今年2023年が、歴史時代小説というジャンルそのものが生まれ変わっていく元年になればと思いますし、そのために努めていくのだと肝に銘じたいと思います。そうした変化を体現している皆さんの、最新長編についてうかがえますか。矢野さんは、先ほど話に出た『琉球建国記』ですね。まさに、中国をはじめとしたアジアと日本、そのマージナルな位置にある琉球王国を取り上げた小説です。
矢野
歴史時代小説として書けることはまだたくさんある、と実感した小説でした。描いているのは、二度の統一を経験する琉球王国の、ふたつの王朝の間の時期。そもそも琉球王国という小さな国は大国に翻弄されてきたし、その大国の側である日本の読者は知らない名前ばかり出てくるのですが、しかし沖縄の人たちにとっては馴染みのある名前がたくさんあるんですよね。日本の歴史の境界域に、そうした別の歴史があるのだということ、そしてそれはとても面白いものなんだと感じた小説でした。
澤田
私は巻末解説を書かせていただいたのですが、おっしゃる通りだと思います。
天野
知らないことだらけ、そして物語として面白い。これから読む方は、下調べをしないことをお勧めします。ググらないほうが楽しいですよ。
江口
書く矢野さんとしては、ある種の冒険と申しますか、勇気が必要だった小説だとも思うのです。結果として嬉しいことに、読者からも、矢野さんに続きを書いてほしいと期待する声があります。
矢野
はい、ありがたいですね。実際に歴史として、書かなきゃいけない“続き”があるんです。『琉球建国記』のなかでは――私は決して悪としては描いていないのですが――憎たらしい役回りで出てくる金丸という国王の側近がいて、彼はこの後クーデターを起こし、尚円王として第二尚氏王統をうちたてていきます。それは書かなければ、とずっと思っているところです。
天野
楽しみですね。その前の世代、琉球統一を成し遂げた第一王朝の話もいつか読んでみたいです。
矢野
そこもドラマチックな歴史がたくさん残されているので、書きたいですね。いや、書きます!
澤田
そう考えると、昨年は沖縄返還50周年だったわけですよね。日本全国という視点で見ると、思ったほど話題にならずにびっくりした、というのが正直なところです。もっと注目されてしかるべき、歴史的な出来事だと思うのですが……。
矢野
境界での出来事にかんする世の意識、という点にかんしては、いろいろ考えるところがありますよね。先だってお名前を挙げた台湾出身の作家である東山さんとも、よくそういった話をするんです。避けては通れない、目を背けてはいけない過去というものがあって、それらを正面から捉えていかないと書けない小説というものがある、と感じています。
プロフィール

天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。

澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長