2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆
構成/宮田文久 撮影/織田桂子
- 江口
- 矢野さんが描かれる琉球の続編、期待しています。境界つながりということで、澤田さんの『吼えろ道真 大宰府の詩』のお話をうかがえますか。大宰府へ左遷された菅原道真を描いた前作『泣くな道真』の続編ですね。
- 澤田
- 道真が書かれる際はたいてい、大宰府に左遷されたあとはほどなく憤死して終わります。しかし、時間からすれば2年、道真はその地で生きていたし、流された先にだって社会はあるんだということを掘り起こしていきたかったんです。
- 江口
- 道真が大宰府でかなり楽しそうというか、生き生きとしていますよね。続編では、前作よりもハジけちゃっている印象があります(笑)。
- 澤田
- 嬉しいです。「こんなの道真じゃない!」という反発も意外となくて、ありがたい限りなんです。遠い昔の人物も人間としてちゃんと提示すれば、皆さん親しみを持ってくださるのだと、私も自信がつきました。
- 矢野
- 私は大宰府の朱雀という場所にある高校の出身なのですが、その学校は大宰府政庁跡(都府楼跡)から真っすぐ続く道沿いにあるんです。ある先生の言葉を思い出しますね、「あなたたち、ここは昔、九州のメインストリートだったのよ」と。西の都として歴史を紡いできたという誇りがあって、それを大事にしている人たちがいるんですよね。
- 澤田
- 現在を生きている人たちの自信に通じていることなんですよね。私も、それぞれの地方に古代史があるんだ、ということを書きたいのです。これまでずっと古代史小説を書いてきて思うのですが、地方の古代史には、なかなか光が当たらない。戦国時代ならば、どんな地方でも物語が生まれていますよね。しかし古代はそもそも手が届きにくいし、残されている史料も中央からの視点のものがほとんど、地元にはわずかな手がかりしかない……ということが往々にしてあります。大宰府はそのなかでは史料が残っているほうではあるのですが、ともあれ中央史観ではなく、それぞれの地域がその地域として存在していたのだという話をやりたくて、挑戦したのがこのシリーズなんです。
- 江口
- 道真はもちろん、大宰府という土地自体が主題であるわけですね。
- 澤田
- はい。ほかにも「小説幻冬」で連載していた「隠らずの月」という連載がありまして、これから続きを書いて本のかたちにしていくのですが、九州の隼人の反乱を描いた小説なんですね。たとえば東北のアテルイの反乱は、高橋克彦さんといった方々が書いてこられましたし、映像作品などにもなってきました。ですが隼人についてはなかなか話題に上りません。でもきちんと物語にしたら、この地域にもこうした歴史があるんだということを伝えられるし、全国それぞれの地域の古代史にも目を向けてもらえるかもしれないな、と考えているんです。
- プロフィール
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天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。
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澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。
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矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。
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江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長