よみもの・連載

2023年新春鼎談 天野純希×澤田瞳子×矢野隆

 
構成/宮田文久 撮影/織田桂子

江口
なるほど、業界全体でしばらく、繰り返し同じところを掘っていただけかもしれないですね……。
澤田
たとえば、川越宗一さんはデビュー作『天地に燦たり』が鹿児島、朝鮮、琉球をめぐる話でしたし、直木賞を受賞された『熱源』は樺太(サハリン)、次の『海神の子』は東アジアの海域が舞台。そして先だって出された『見果てぬ王道』は、日本は出てくるのですが、やはりその周辺へと目が向いておいでです。私たち歴史時代小説家の多くは日本の国土のなかをずっと書いてきましたが、今後は、川越さんのように世界に広がっていく作品が増えていくんじゃないでしょうか。私自身も、「わかっている」話よりは「わからない」話を書きたいです。
江口
たしかに、おっしゃる通りですね。たとえば日本史というと日本のなかでの出来事だと感じがちですが、遣唐使などもあれば、大航海時代のなかの当時の日本という観点もあるし、それこそパンデミックは世界規模の出来事ですよね。何事も対岸の火事ではなく、海外と日本がつながっているということは、いまや多くの人が実感しているわけですし、歴史時代小説の読者の方々も同様だと思います。国内だけ内向きに捉えるのではなく、水際も、その向こうも踏まえてきちんと書くということが、求められているのかもしれません。
矢野
ここ最近の世界的な危機を目の当たりにして、「日本だけの視点で考えていてはまずいぞ」ということは、誰にとっても身近な感覚になってきましたよね。視野自体が変わってきたといいますか。
天野
そうした潜在的な読者の欲求を、きちんと汲(く)み取って、作品として出していければいいですね。……要するに、「もっといろんな時代、いろんな国や地域を書かせてほしい」という話です(笑)。
江口
はい、それは私たち、業界の編集者たちの責任が大きいですね……。「天野さん、それはやめましょう、もっと売れる話にしましょうよ」だなんて、ついつい我々は口にしてしまいがちですから。
澤田
それこそ私はデビューしたころ、「古代を書いても売れないよ」といわれたものでした。でも書いてみたら、そこにはきちんと読者の方々がいることもわかったんです。それは古い時代だけではなく、海外のことを扱う場合でもきっと同じでしょう。それこそ最近の歴史学では、先ほどすこし話が出たように、戦国の世を海外の大航海時代の流れのなかでとらえる研究が進んで、NHKでも特集番組をつくるような広がりを見せてきています。安部龍太郎さんや、亡くなられた山本兼一さんといった方々は、早くから海外とのかかわりのなかで戦国を描いてこられましたが、今後はこうした作品もどんどん増えていくでしょう。世の中も、研究も、そして読者の皆さんもアップデートしてきているわけですから、小説の世界もどんどん変わっていきたいですよね。
プロフィール

天野純希(あまの・すみき) 1979年愛知県生まれ。愛知大学文学部史学科卒業。2007年『桃山ビート・トライブ』で第20回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『破天の剣』で第19回中山義秀文学賞、19年『雑賀のいくさ娘』で第8回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『青嵐の譜』『南海の翼 長宗我部元親正伝』『信長 暁の魔王』『剣風の結衣』『もののふの国』『信長、天が誅する』『紅蓮浄土 石山合戦記』『乱都』『もろびとの空 三木城合戦記』ほか。

澤田瞳子(さわだ・とうこ) 1977年京都府生まれ。同志社大学大学院博士課程前期修了。専門は奈良仏教史。2011年デビュー作『孤鷹の天』で第17回中山義秀文学賞を受賞。『満つる月の如し 仏師・定朝』で12年に第2回本屋が選ぶ時代小説大賞、13年に同作で第32回新田次郎文学賞を受賞。16年『若冲』で第9回親鸞賞、21年『星落ちて、なお』で第165回直木賞を受賞。作品に『腐れ梅』『火定』『恋ふらむ鳥は』『泣くな道真 大宰府の詩』『吼えろ道真 大宰府の詩』ほか。

矢野隆(やの・たかし) 1976年福岡県生まれ。2008年「蛇衆綺談」で第21回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年、同作を『蛇衆』と改題して刊行。21年『戦百景 長篠の戦い』で第4回細谷正充賞、22年『琉球建国記』でオリジナル文庫では初めてとなる第11回日本歴史時代作家協会賞作品賞を受賞。作品に『慶長風雲録』『斗棋』『至誠の残滓』「戦百景」シリーズほか。

江口 洋(えぐち・ひろし) 集英社文庫編集部・部次長