よみもの・連載

おひとりさまごはん

ひとりで飲茶

深緑野分Nowaki Fukamidori

 一個をふた口で食べ終わってしまい、今度は翡翠餃子に取りかかる。こっちもエビが入っているけれど、さっきのよりもぐっと香りが強い。ニラが入っているのだ。これが酢醤油にとても良く合うので、ふた口目は小皿にたぷたぷとたっぷりつけて口に放り込む。うまい。酢醤油がじゅわわっとしみたところがまたたまらない。
 次にやって来たのは水餃子、たっぷりでっぷりした佇(たたず)まいのそれをつるりと食べると、ぎゅっと詰まったお肉の味が広がる。でもぷよっとした皮のせいか味わいは優しくて、さっぱりしているのだから不思議だ。追加で頼んだ温かい烏龍茶を、白くて上品な湯飲みに注いで、蒸し餃子たちと一緒に飲み込む。いつの間にか上あごを火傷していて、少しひりりと痛んだけれど、美味しいものの前では気にならない。
 店内にいる客は私と、もうひとりしかいないのが、もったいないくらいだった。離れた席にいるその人は、真っ白な白髪の八十歳くらいのお婆さんで、椅子にひとり腰かけ、ラーメンを食べていた。ゆっくりと、でも確実にどんぶりから麺を掬(すく)い上げては、ひと口食べて休み、またひと口掬い上げ、しわくちゃな唇で啜っていた。でもテーブルにはひとりだけだから、「そんなにのろのろ食べていたら麺が伸びるだろう」なんて叱る人は誰もいない。ゆっくりゆっくり自分のペースで、角煮を口に運び、青梗菜(ちんげんさい)を囓(かじ)り、付け合わせのザーサイをつまむ。お婆さんはいったんお箸とレンゲを置くと、幸せそうに目を細めながらハンカチで額を拭き、ふうと息を吐く。その時私と目が合って、お婆さんは会釈してくれたので、私も慌てて会釈を返す。
 今頃、みえちゃんはどうしているだろう。満員のパーティで、ちゃんと食べられているんだろうか。
 なんとなく気になってスマホのメッセージを開き、みえちゃんのアカウントに写真を添付して送ろうとした。でもきっとこんなものを見ている暇はないだろうし、もし見たところで、「はるはパーティに来ないで何しているんだ」と怒るかも。しょうがないので家族のグループアカウントに写真を送って、「無料のローストビーフは食べ逃しました」と書いた。
「お待たせしました、小籠包です」
 小さなせいろの蓋を開けると、頭の中で銅鑼(どら)がぼわわーんと鳴った。小さな玉ねぎ型の、ぷくんと膨れたてっぺんを箸でつまんで持ち上げると、下の方がたぷたぷして、気をつけないと皮がやぶれてしまいそうだ。慌ててレンゲの上に載せ、お醤油と酢を少しかけ、上からかぶりつく。「はつつっ」前歯がじんとしびれるくらいに熱いけど、たちまち中から溢れてくるスープがもったいなくて、熱いのと美味しいのと食べたいのとでもう自分でもわけがわからないまま、無我夢中で食べる。
 でも、ああ、もう、だいぶ、お腹がいっぱい。グラスの冷たい水をひと口ふた口飲み、ふうと息を吐く。おしゃれで可愛いワンピースを着た私だったが、今や胃袋のあたりがぽっこり丸く盛り上がっていた。でもまだ最後の一皿が残っているのだ。

プロフィール

深緑野分(ふかみどり のわき) 1983年神奈川県生まれ。2010年「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞で佳作に入選。
13年に同作を含む短編集『オーブランの少女』でデビュー。
他の著書に『戦場のコックたち』『分かれ道ノストラダムス』『ベルリンは晴れているか』『この本を盗む者は』がある。

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