よみもの・連載

雌鶏

第二章

楡周平Shuhei Nire

 貴美子は正直に答えた。
「必要なものがあったら、遠慮なく申しつけてください。先生からは、ご要望には全てお応えするよう仰せつかっておりますので……」
 鴨上が、「上がってもいいか」とばかりに、奥に目をやった。
「どうぞお入りになって。すぐにお茶の支度をいたしますので……」
 応接室に鴨上を誘(いざな)った貴美子は、茶の支度を調えると、すぐに取って返した。
「電話でお伝えいたしましたが、今日はこれから貴美子さんにやっていただく仕事の内容をご説明に参りました」
 鴨上が早々に切り出す。
 貴美子はテーブルを挟んだ正面のソファーに腰を下ろしながら頷いた。
「貴美子さんがお立てになる卦(け)がなぜ当たるのか。既にお気づきかとは思いますが、絡繰(からくり)は至って単純でしてね」
「地位や権力を望む人は、願いが叶うかどうか、常に不安を覚えている。先生の下には、各界の有力者が訪れては、色々とご相談をなさいますから、誰が何を考え、何を望んでいるかを掌握なさっていらっしゃる。そして、先生は叶えてやれる力をお持ちでいらっしゃる。でも、先生に願いを叶えてもらうためには、応分の謝礼が必要になるでしょうし、大きな借りを作ることになるから、そう何度もお願いに上がるわけにはいかない……」
「さすがですね」
 目元を緩めた鴨上が続けて言う。
「要は、各界の権力者たちが、何を考え、何を望んでいるのか、先生はもっと詳細に把握したいのです。その上で、ご自分の力が最大限に発揮できるような形に、この国の権力構造を作り上げたいと考えておられるのです」
「私の見立てが的中すればするほど、依存性が高くなり、やがて崇拝するようになる。つまり私を介して、先生は各界の有力者たちを意のままに動かそうと考えていらっしゃるのですね」
「その通りです」
 鴨上は我が意を得たりとばかりに大きく頷く。「先生は前(さき)の大戦で莫大な財産を手にしました。ですから、お金にはあまり関心がないのです。権力というのは面白いものでしてね。一旦手にしてしまうと、金は入ってくるばかりで、ほとんど出ていかなくなってしまうのです。ですから、先生の関心は、この国を意のままに操ること。絶対的権力者としてこの国に君臨することにしかないのです」
 なるほど、権力は一旦手にしてしまうと、金は入ってくるだけで、ほとんど出ていかなくなるものなのか……。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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