よみもの・連載

雌鶏

第二章

楡周平Shuhei Nire

「ええ……。養父とは幼馴染(おさななじみ)だったんです。もっとも羽振りがいいというだけで、養父も先生が何をやっているのかはほとんど知らなかったんですよ。私にしても、中学、高校へと進めたのは養父のおかげですからね。世話になれと言われれば、嫌だとは言えません。以来、先生のお側(そば)に仕えるようになったわけです」
 鴨上は薄く笑うと、炊き立ての飯が盛られた茶碗に手を伸ばす。
「先生は、その頃から今のようなお力を?」
「それなりに力を持ってはいましたが、今ほどではありません」
 鴨上は首を小さく振った。「先生は若い頃に政治結社を立ち上げて、政界に太い人脈を築き上げるのに成功したんです」
「政治結社?」
「まあ、そう言うと聞こえはいいんですが、明治以来日本は戦争に連戦連勝。政治家よりも軍部が力を持っていた時代が長く続きましたのでね。軍部の意向を肯定し、流布するような活動を行なっていたんですよ。要は、右翼活動家として軍、特に陸軍と深い関係を持つようになったんです」
 鬼頭の詳しい過去を聞くのは初めてだ。
 ひょっとすると、これが最初で最後の機会になるかもしれない。
 そんな予感を覚えた貴美子は、黙って話に聞き入ることにした。
「この飯……美味いなあ……。甘鯛も絶品だ」
 鴨上は、咀嚼(そしゃく)しながら感嘆の声を上げる。
 やはり、美味い飯は人の心も口も軽くする働きをするものらしい。
 果たして、鴨上は続ける。
「明治維新以来長州は、有力な政治家を輩出して来ましたし、政治家も軍部の意向は無視できない時代が続きましたのでね。軍部との関わりが深くなるにつれて、先生は政界にも太い人脈を築くようになったのです。そんなところに大東亜戦争が起きた……」
 そこから先のことは、鬼頭から直接聞かされている。
「軍需物資の調達で、莫大な財産を手にしたと先生からお聞きしましたが?」
「軍需物資だけではありませんけどね」
 鴨上は意味ありげに言い、含み笑いを浮かべる。
「と言いますと?」
「まあ、それは色々と……」
 鴨上は言葉を濁すと、話題を転じてきた。「私が徴兵から逃れられたのは、そのお陰でしてね。先生に指示されるまま、軍需物資の調達に奔走したんですよ。物資が確保できなければ、戦(いくさ)になりませんのでね」
「では、戦争中も先生とご一緒に?」
「ずっと一緒でした。もちろん、大陸へも……。東京に妻子を残して……」
 やはり妻子のことを思い出すのが辛(つら)いらしく、鴨上は声を落とす。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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