よみもの・連載

雌鶏

第二章

楡周平Shuhei Nire

   2

 占いを行う部屋は一階にある八畳の和室である。
 中央に机を置き、床の間を背に貴美子が座る高い背もたれの椅子が一つ。その正面に二脚の椅子を置いた。
 材質はいずれも黒檀(こくたん)で、机には萌黄色(もえぎいろ)の地に錦糸の刺繍(ししゅう)を施した厚手のテーブルクロスが掛けてある。床の間には鬼頭から贈られた青磁の壺(つぼ)に折々の花の一輪挿しが生けてあり、それがまた白い漆喰(しっくい)と黒光する柱と相まって、実によく映える。そこに、香炉から立ち昇る白檀(びゃくだん)の香りが混じると、当の貴美子にして、この場が占いの場の域を超え、神のお告げを聞く聖域と思えてくるのだった。
 もちろん部屋の設(しつらえ)は、全て鴨上の指示によるものである。
「あなたは、これから預言者になるのです。身なりだけでなく、部屋の雰囲気も、それに相応しいものにしなければなりません。とにかく、ただの占い師では駄目なんです。この国の権力者たちに、神と崇(あが)められる存在にならなければならないのですから……」
 鴨上の見立てで仕立てた和服の生地は経綿(たてにしき)と呼ばれるものだそうで、灰味を帯びた柳鼠(やなぎねず)色の地に笹格子紋様が織り成してある、西陣の名工の手仕事による逸品だ。
 もちろん、髪形も鴨上の指示でアップに変えた。しかも鬼頭が鴨上に託してきた色眼鏡は、薄い紫である。
 揃(そろ)った衣類を全て身につけ、鏡に映った我が身を見た瞬間、「これが、私?」と貴美子は目を疑った。
 さすがは西陣の名工が織っただけあって、白緑色の着物全体に浮かび上がる笹格子の紋様は控えめでありながらも奥行きの表現が絶妙だ。そこに無地の艶消しの銀色の帯を締めると、笹格子の柄がより一層鮮やかになる。
「さすがに、これはない……」と思いながらも、そこに薄紫色の色眼鏡をかけてみると、驚くことにアップにした髪形と相まって、常人とは明らかに違う特別な能力を持った人間のように見える。
 鴨上は預言者になるのだと言ったが、少なくとも鏡に映った己の姿は神の使いと称するに相応しく、後光が差しているかのようですらある。
「貴美子さんの美貌のせいもありますが、想像していた以上の見栄えです。やはり、先生の見る目はさすがですね。これは、千客万来間違いなしですよ」
 感心することしきりといった態(てい)で、鴨上は破顔するのだったが、果たしてひと月もすると、彼の見立ては現実となった。

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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