よみもの・連載

雌鶏

第二章

楡周平Shuhei Nire

「答えは様々でしょうが、一つ言えるのは先が見えないことへの不安があるからだと思うんです。こんなことをしてバチが当たるのではないかと神に許しを乞い、願いを叶えて欲しい、幸運を与えて欲しいと神に祈るわけです。ならば、占いはどうなのか。自分の願いが叶うかどうか。自分にどんな将来が待ち受けているのか、先が知れれば不安が解消できるから、人は占いに走るのではないでしょうか」
「そう言われると、確かに共通点はあるような気がいたします」
「似ているといえばもう一つ、医学もそうです」
 鴨上は奇妙なことを言い出した。
「医学ですか?」
 そう言われてもピンと来ない。
 貴美子は小首を傾げ、続けて問うた。
「占いと宗教が似ているのは、今のお話から理解できるような気がいたしましたが、医学は学問ではありませんか。それも古くからの知見の蓄積や統計の上に成り立つ――」
「人が病や死を恐れる限り、医学との関係を断つことはできません。地位、名声、権力を手にした者なら尚更(なおさら)です。当たり前じゃないですか。成功者ほど、この人生が一日でも長く続けばいいと願って止まないに決まっているんですから」
「なるほど、凄(すご)くよく分かります。この人生が早く終わればいいと思う人は、大きな問題を抱えているか、絶望的な境遇に置かれている人でしょうからね。我が世の春を謳歌(おうか)している人なら、早く死にたいなんて思いませんものね」
「それでも老いは避けられませんのでね。歳を重ねるに連れ、誰しも病気の一つや二つ、抱えるものです。それでも長生きしようと思えば、医者の言うことには服従しなければなりません。つまり、どこかの時点から、医者の言うことは神のお告げそのものになるというわけです」
 貴美子は鬼頭の邸宅を訪ねた際に彼が語った言葉を思い出した。
「そう言えば、先生が政治の世界には、他人に知られてはならないことが山ほどある。その最たるものは健康状態だが、先生にはそれを知る術(すべ)があると、おっしゃっていましたね」
 突然、鴨上は意地の悪そうな笑いを口元に宿し、
「貴美子さん、医者の世界がどんなものか、ご存知ないでしょう」
 と訊ねてきた。
「幸いにも、あまり病気をしたことがないもので、とんと……」
「医者、医学の世界は完全な階層社会でしてね。簡単に言いますと、旧帝大医学部の教授を頂点に、助教授、講師、医局員と身分が完全に序列化されているんです。こう言うと、軍隊、会社も同じじゃないかと思われるでしょうが、特徴的なのは、階層社会の頂点にいる教授が絶対的権力を握っているということでしてね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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