よみもの・連載

雌鶏

第二章

楡周平Shuhei Nire

「絶対的権力?」
「何もかも……全てにおいてです」
 鴨上は言う。「旧帝大医学部の系列下にある病院は、日本全国にありますのでね。医局に所属する医者をどこの病院に派遣するか、人事権は教授が一手に握っていますから、不興を買えば地方、それも地の果て同然の田舎に飛ばされることもあるわけです。助教授、講師もまた同じで、誰を後任に据えるか、昇格させるかは教授の腹積もり一つでどうにでもできるんです。助教授と言えども教授の機嫌を損なえば、その時点で学者人生は終わったも同然。まさに、教授は神なんですよ」
「そういう構造になっているんですか。知りませんでした」
「だから患者に対しても、神に接するように強制するんです」
 鴨上は、あからさまに嘲笑を浮かべる。「大学病院に入院すると週一度、教授回診があるのですが、これが実に滑稽でしてね」
「何か、儀式めいたことでもあるのですか?」
「まさに大名行列のごとく、教授を先頭に助教授、講師、医局員が列を成して病室を回るんですよ。その際には、各病室の前に看護婦が直立不動の姿勢で立ち、病室内では各患者の担当医師が、カルテを広げて教授をお迎えするんです」
 鴨上の話には、まだ先がありそうだ。
 果たして鴨上は続ける。
「傑作なのはその時、患者に目隠しをさせることでしてね」
「目隠し?」
 その目的が俄(にわか)には理解できず、思わず問い返した貴美子に、
「医学界の頂点に立つ最高権威の姿を患者風情が見るなんて罰当たりだ。教授は、御神体ってわけですよ」
 鴨上は、呆(あき)れたように首を振り、軽蔑するかのように小さく鼻を鳴らした。「馬鹿馬鹿しいと思うでしょうが、医学界って、そういうところなんです」
 鴨上の見解はその通りだと思うが、今語った大学病院の在りようと、鬼頭が言う「知る術」とが結びつかず、
「それが先生のおっしゃったことと、どう関係するのでしょう?」
 貴美子は訊ねた。
「教授を意のままにすることができれば、患者の健康状態を簡単に把握することができるってことですよ」
 鴨上が一転、真顔になった。「それも、旧帝大の大学病院に限ったことではなくて、地方の国立大学、私立大学の医学部にも、旧帝大出身の教授はたくさんいますのでね。彼らはさしずめ地方大名。旧帝大教授は将軍なんです。将軍の意向とあれば、患者の健康状態なんて簡単に知ることができますからね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

Back number