よみもの・連載

雌鶏

第二章

楡周平Shuhei Nire

「それは分かりますが、ですからいったいどうやって。だって患者の健康状態を第三者に漏らすのは禁じられているのでしょう?」
「先生も人の悪いところがありましてね」
 鴨上はその時のことを思い出したのだろう、含み笑いを浮かべる。「教授の仕事には医者の教育、養成、臨床の他に、研究費や施設等の予算確保、配分があるのですが、旧帝大系と言えども台所事情はかなり厳しい。そこで、予算の増額に力添えを願おうと、面会を願い出てきましてね」
「その際に条件を持ち出したのですか?」
「そうじゃありません。先生は占いを使って政財界を操るという考えを、終戦後間もない頃から抱いていましてね。同時に、占いに依存させるためには、各界の有力者の健康状態が把握できればより確実なものになると、兼ねてからおっしゃっていたのです。ところが、肝心の占い師が見つからないでいるうちに、先生が体調を崩されて、大学病院に入院することになったのです」
「では、その時に教授と親しくなったと?」
「そうではないのです」
 鴨上は貴美子の推測を言下に否定してきた。「元々先生には別に主治医がいるのですが、入院が必要と告げられた途端、医者を代えて大学病院で再度診断させると言い出しましてね。主治医に紹介状を書いてもらったのですが、その際、自分がどんな人間なのか、絶対に正体を明かしてはならない。ただの患者扱いにしろと言って、大学病院で改めて検査を受け、入院したのです。しかも大部屋にね」
「特別室ではなく、大部屋に?」
 鬼頭の考えが読めず、貴美子は驚きのあまり声を吊(つ)り上げた。
「私だって驚きましたよ。その時は、先生のお考えが全く読めませんでしたのでね」
 鴨上は真顔で言う。「先生のお考えが分かったのは、入院していた大学病院の内科の教授が、研究費の捻出と研究棟増設予算の確保に力を貸して欲しいと言ってやって来た時でした。目の前で直立不動、『お初にお目にかかります』と挨拶を始めた教授に、先生は何とおっしゃったと思います?」
「さあ……」
 小首を傾げた貴美子に向かって、鴨上は言う。
「『私は初めてお目にかかるが、あなたは二度目、いや三度目だよ。なんせ、私は目隠しをされていたのでね』とおっしゃったのです」
「それは相手の教授も、さぞや驚かれたでしょうね」
「そりゃあ、驚いたなんてもんじゃありません。腰を抜かさんばかりに驚愕(きょうがく)して、見る見る顔から血の気が引いていくのがはっきりと見て取れましたからね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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