よみもの・連載

雌鶏

第二章

楡周平Shuhei Nire

「それは、戦後になって分かったことなんじゃありません? まさか――」
 貴美子はそこで言葉を呑んでしまった。
 鴨上が意味ありげな、不敵とも思える笑いを口元に宿すのを見たからだ。
 少なくとも鬼頭と鴨上は、戦争終結よりも遥か以前に、日本の敗北を察知していたのは間違いないように思えたのだ。
「米すらも満足に食えない日本兵。片や米兵は携帯食がCレーションですよ。人と人の殺し合いは、結局のところ体力が勝敗を決するんです。気力や根性で勝てるものではないんですよ」
 確かに鴨上の言う通りだ。
 闇市では米軍から流出したCレーションが売られていたが、缶詰の中身はシチューや肉入り麺と豪華なもので、しかもそれが携帯食だと言うのだから、飯盒(はんごう)で炊いた握り飯の日本軍とのあまりの違いに驚いたものだった。
 黙った貴美子に向かって、
「そろそろ本題に入りましょうか」
 そうこうしている間に、あらかた朝食を平らげた鴨上が切り出した。
 箸を置き、姿勢を正した貴美子に鴨上が問うてきた。
「羽村英光(はむらひでみつ)という名前を聞いたことがありますね」
「羽村英光? 民自(みんじ)党の重鎮の羽村代議士のことですか?」
 貴美子は問い返すと、
「その羽村先生です」
 鴨上はニヤリと笑うと、すぐ真顔になっていよいよ羽村の相談内容を話し始める。「実は今、民自党と民憲(みんけん)党が一緒になって、新党を結成する動きがありましてね」
 民自党は衆議院、民憲党参議院の第一党、政界の二大勢力として覇権を争う関係にある。
「互角の力を持つ二つの政党が一緒になって、うまくいくものなのですか? 昔から言うではありませんか、『両雄並び立たず』と……」
 貴美子は当然の疑問を口にした。
「いよいよ覇権争いが本格化するってことですよ」
 鴨上は苦笑を浮かべる。「『両雄並び立たず』と言うのは、どちらも倒れるって意味じゃありません。一方が倒れるってことですからね。政治は数です。そして数とは、政党に所属する議員の数なんです。対峙(たいじ)していた二つの政党が、一つになれば、数の力で政策、法律も通すことができますし、総理を始めとする大臣も党内人事となりますのでね」

プロフィール

楡 周平(にれ・しゅうへい) 1957年岩手県生まれ。米国系企業在職中の96年に書いた『Cの福音』がベストセラーになり、翌年より作家業に専念する。ハードボイルド、ミステリーから時事問題を反映させた経済小説まで幅広く手がける。著書に「朝倉恭介」シリーズ、「有川崇」シリーズ、『砂の王宮』『TEN』『終の盟約』『黄金の刻 小説 服部金太郎』など。

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