よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

8.沖縄へのラブソング

澤宮 優Yu Sawamiya

 そんな米軍兵たちの生身の姿にも触れることがあった。佐渡山は小学5年生のとき新聞の朝刊配達をしていたが、配達途中に米軍兵と同棲(どうせい)する「ハニー」と呼ばれる日本人女性の家もあった。新聞を置くと、戸が開き、半裸のきれいな女性がチップをくれる。そのとき奥のベッドに米軍兵が全裸で寝ているのが見えた。
 佐渡山少年の視線に気づいた女性は、目で「これは私が生きるためなのよ」という意味を伝えてくれた。彼は言う。
「沖縄の貧しい状況では米軍基地の存在の賛否以前に、人々は食べてゆくことが先だったんです。そのことをわかってくれと彼女は目に思いを込めていたんです」
 夕方にはセンター通りにフィリピン系やハーフの女性たちがビキニ姿で客引きをしている。その中に朝佐渡山にチップをくれたハニーが街角に立って、別の米軍兵を求めて声をかけていた。佐渡山と再び目が合うと、彼女はからかうように呟(つぶや)く。
「ユタカちゃん、早く帰って宿題しなさい」
 佐渡山も米軍基地には様々な矛盾が存在することを知る。その最たるものが白人を頂点とし、その下に黒人兵がいる「カースト制度」である。黒人兵はどんなに頑張っても、白人兵よりも階級は上がらない。このころはベトナム戦争の真っただ中で、黒人兵たちは、近いうちにベトナムの最前線に送られる運命にある。そんなすさんだ気分から飲んで暴れる日が続く。
 中心街のゲート通りやセンター通りは白人兵が利用し、黒人兵は通りから外れた照屋(てるや)黒人街(現照屋地区の銀天街付近)の店に行く。間違って白人兵が照屋黒人街へ行くと殺す寸前まで袋叩きにされた。ペーデー(給料日)はとくに米軍兵で賑わったので狼藉(ろうぜき)は酷(ひど)かった。
 佐渡山は言う。
「兵隊さんはお金に執着が無く、際限なく飲みます。彼らは貧しくて学校にも十分に行けず、軍隊に引っ張られた者もいる。字も満足に書けず、店でサインするとき、誰かが彼らの手を押さえ、動かして文字を書かせていました」
 ハニーに捨てられ泥酔して泣く者、戦争に行きたくないと泣き喚(わめ)き店の看板にしがみつく者もいた。そんな中、佐渡山の同級生の母親が兵隊に殺される事件が起きた。母親はトルコ風呂(今のソープランド)で働いていたが、客である兵隊と口論になって殺害されたのである。そのときのことを佐渡山は回想する。
「殺した兵士は19歳か20歳で、名前も書けないほどで、アメリカの田舎で志願した人です。彼らにとって沖縄は自分の国ではないから何をやってもいいと思ったのでしょう。当時沖縄の人々は内地に比べたら人権などありませんでしたからね。それをいいことに兵隊は母国では苦労しているから、ここで羽を伸ばしすぎて、人を殺してしまったわけです」

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

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