よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

8.沖縄へのラブソング

澤宮 優Yu Sawamiya

 米軍の車両を見つけると、群衆は車を取り囲み、運転席から米軍兵を引っ張り出す。佐渡山は言う。
「このとき口づてでルールが自然に皆に伝わったんです。米軍兵をやっつけないで車だけを揺らす。彼らから略奪もしない。当時のアメリカの車は黄色いナンバーだったからすぐに外国人の車だとわかりました。乗っている人を外に出して車を揺らしました。それだけのことだからMPも警察も手が出せないで、ただ見張っているだけです」
 ところが米軍の車に5、6人が集まって揺らすと、車は簡単にひっくり返ってしまった。人々は勢いに乗って次々と車をひっくり返した。佐渡山も見ているだけではおさまらず米軍兵の車を3台ひっくり返した。逆さまになった車からガソリンが漏れた。そこに誰かが火をつけるとその場で燃え上がった。
 ただ沖縄の群衆は黒人兵の乗った車には手を出さない。彼らは基地で白人兵から差別を受けており、その現実が沖縄の人々の現状に重なって見えたからだ。根底には「沖縄に対してだろうが黒人に対してだろうが白人兵の人権無視は許さない」という思いがあった。
 米軍はただちに武装した兵を数百人出動させて、ベトナム戦争に使う催涙弾まで群衆に使用するが、群衆も負けてはいない。彼らは米国の車両約80台、基地の雇用事務所、米人小学校3棟を焼き、朝まで騒動は続いた。「ウチナー蜂起の日」であった。
 じつはそこに至るまでには伏線があった。この年はとくに米軍兵による犯罪が多かった。5月には具志川(ぐしかわ)市(現うるま市)で帰宅途中の女子高生が米軍兵によってサトウキビ畑に連れ込まれ、暴行されそうになって抵抗したため、ナイフで刺され重傷を負う事件があった。9月には糸満(いとまん)町(現糸満市)で米軍兵が猛スピードで飲酒運転し、歩道を歩く主婦をひき殺した。米軍兵は無罪になった。
 蹂躙(じゅうりん)される沖縄の人々の怒りが次第に高まってコザ事件が発生したのである。佐渡山は武器を持たない百姓一揆(いっき)のようなものだと回想する。
「日米地位協定で沖縄の人は米軍に対し人権も何も無かった。犯罪を行った米軍兵は無罪放免になってしまう。だから人々は怒って今度は見逃さないと決めたんですね。その一方で冷静さもあって、私たちは武器も何も持っていない。ただ悪いことはいかんと、車をひっくり返すという意思表示をしたんです」
 空が白み始めるころに、MPは催涙弾を発射してきた。佐渡山も目は痛くなるわ、息苦しくなるわで、自然に騒動は鎮静化した。
 しかしウチナンチュの叫びにも、当時の首相佐藤栄作の反応は冷淡だった。
「あと一息で沖縄が日本に返還される大事な時期なのに、米国に悪い印象を与えては困る」
 一国の宰相の突き放したコメントは、沖縄の人々を絶望の淵(ふち)に叩(たた)きこんだ。

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

Back number