よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

8.沖縄へのラブソング

澤宮 優Yu Sawamiya

 自分の歌が元気を与えることができるなら、自分は歌うべきかもしれない。彼の心に突き上げるものが生まれてきた。翌年(平成8年)酒造メーカーのCMで佐渡山は「ドゥチュイムニィ」をついに歌う。反響は凄(すさ)まじく、その熱気は東京へ伝わり、ついにカムバックを決意する。
 このCMをNHKの制作者が見て、一世を風靡(ふうび)した佐渡山の復帰は大変なニュースだと興味を持ち、NHK沖縄放送局で佐渡山が復帰するまでの特集番組を作ることになった。
「自分としても復帰を断る理由が無くなりました。私の歌を覚えている人から、あの事件の後にどうして歌わないんだ、この暴行事件をどう思うのかという意見もあったそうです。自分にもいろんな考えがありましたが、結局はある一人の歌い手がどういう気持ちでカムバックして、今どういう気持ちで歌っているかを撮ることになりました」

 佐渡山の歌手復帰後にあるエピソードを紹介する。
 平成24年10月13日に神奈川県の秦野戸川(はだのとかわ)公園(秦野市)で野外音楽イベント「丹沢謌山(たんざわかざん)」が開催された。丹沢山麓を背景に多彩な音楽を楽しむことを目的に企画されたイベントだが、そこに佐渡山豊はゲストとして招待された。この場所は2年前に全国植樹祭が行われたところでもある。天皇皇后両陛下(現平成上皇ご夫妻)がステージの椅子に座られた。
「丹沢謌山」に関わった当時市会議員の込山弘行(こみやまひろゆき)は、佐渡山のファンだった。込山は語る。
「僕は天皇皇后両陛下が座られたステージで、佐渡山さんに反戦歌を歌ってもらいたいと提案しました。佐渡山さんは自由と平和を大事にされる。それに70年代の歴戦の勇士です。天皇がおられた場で反戦歌を歌い、市民に平和の大切さを伝えたかったのです」
 込山は、佐渡山にこの場で反戦歌を歌って欲しいと頼むと、彼はすぐに意図を見抜き、二つ返事で承諾した。伝説のフォーク歌手、佐渡山豊が歌うというので観衆からの注目を集めた。そこで彼は「沖縄は混血児(アイノコ)」を歌う。歌詞には天皇陛下らしき存在が登場する。
 佐渡山はこのときの思い出を語る。
「僕はあの歌で天皇陛下を『お偉い方よ』と呼んでいますからね。そういうフレーズを込山さんは知っているわけだ。だから『沖縄は混血児』を歌って欲しいと言われた。もう議員を辞めてもいいような覚悟で、腹が据っていましたね。それに僕も乗っかったわけです」
 会場では大いに受けた。歌詞はこういう言葉で締めくくられる。
〈ところで俺達の住んでいるこの島は本当はどこの国のもの ひるがえる国旗は日の丸と星条旗 まるで沖縄はあいの子みたい〉
 日本国の象徴である天皇が座った場所で、沖縄の置かれた矛盾を突きつける。歌は、痛烈に天皇制への問題を投げかけたと言えないだろうか。

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

Back number