よみもの・連載

あなたの隣にある沖縄

8.沖縄へのラブソング

澤宮 優Yu Sawamiya

 実際に基地に入ると弾薬庫が数え切れぬほど並んでいる。戦闘用の毒ガス、アイマスクもある。血の付いた戦車も何台も置かれていた。
 衝撃的だったのは、湾岸戦争に従軍した米軍兵の変化である。佐渡山には一緒に仕事をして、フランクに付き合っていた米軍兵が何人もいた。皆、人懐こかった。
 そんな彼らは戦争に行き、数か月後に嘉手納基地に戻ってきたが、彼らの目は殺人マシーンのような無機質の冷たい目に変わっていた。
「彼らも戦場で、厳しい軍の命令、規律に縛られ人間性を失います。ベトナム戦争でも彼らは同じ目になっていました」
 軍隊がなければ、彼らはいつまでも好青年でいられたはずなのだ。
 もう一つは基地内で想像以上に厳しいカースト制度が存在していることだった。給与形態も昇進も白人優位社会で、黒人は上には行けない。インド人など有色人種の雇用者はさらにその下の扱いだった。日本人従業員のエンジニアも、ウチナンチュよりもヤマトンチュのほうが位は高かった。
 このころ、佐渡山は海外出張を利用して、スペインのバルセロナにあるサグラダ・ファミリアを訪れた。建築家アントニ・ガウディが手掛ける巨大なモダニズム教会堂である。
 工事着工は1882年だが、ガウディの存命中に作られたのは全体の4分の1程度で、以後、彼の遺志を継ぐ者たちが工事を行っているが、完成まで300年はかかると言われる。壮大な未完成建築物の前で、佐渡山は「ドゥチュイムニィ」を思い出した。
「ガウディの理念と『ドゥチュイムニィ』は似たところがあると思いました。後の人がガウディの思いを継ぎ、何百年もかけ完成に漕ぎつけるため作り続ける。僕も自分の思いを吐き出す状況にある以上、自分の歌に新たに歌詞を作り続けたいと思いました」
 ガウディは「美しい形は構造的に安定している。構造は自然から学ばなければならない」と信じ、自然の中に最高の形があると考えていた。そのため設計図をあまり書かず、型にとらわれない自由な発想を大事にしたことを佐渡山は知った。彼は言う。
「ガウディは生前にこう言っていたそうです。自分は何も創造できない。自分が作っているように見えるけど、あれは神様が作ったもので、僕はただ方法を発見するだけですと謙虚だったんですよ。機能は型にはまるものと言う建築家が多いですが、ガウディはその逆ですね。だから『ドゥチュイムニィ』もガウディみたいに自由性があっていいのだと確認できました」
 サグラダ・ファミリアはその後工期が短縮され、後3年ほどで完成すると言われている。佐渡山は完成したらぜひ見に行きたいと考えている。
 歌うことをやめた佐渡山が再びステージに立つようになったのは、平成7年に起こった悲しすぎる事件のためだった。

プロフィール

澤宮 優(さわみや・ゆう) 1964年熊本県生まれ。ノンフィクションライター。
青山学院大学文学部卒業後、早稲田大学第二文学部卒業。2003年に刊行された『巨人軍最強の捕手』で戦前の巨人軍の名捕手、吉原正喜の生涯を描き、第14回ミスノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『集団就職』『イップス』『炭鉱町に咲いた原貢野球 三池工業高校・甲子園優勝までの軌跡』『スッポンの河さん 伝説のスカウト河西俊雄』『バッティングピッチャー 背番号三桁のエースたち』『昭和十八年 幻の箱根駅伝 ゴールは靖国、そして戦地へ』『暴れ川と生きる』『二十四の瞳からのメッセージ』などがある。

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