第五話 夏ざかり宴競べ
島村洋子Yoko Shimamura
十
とにかく見つからぬうちにお峰をすぐに草津にやったほうが良いと思ったおつねは、親類がしばらく厄介になりたいと言ってきたので、手狭になる。すまぬが早いとこ娘を嫁にもらってくれぬかとお峰の許嫁(いいなずけ)の佐吉に頼むために仲人とともに上州まで出かけた。
佐吉の家は草津では一番大きな桶屋の一角にあった。
「親類がひとりうちに来るとなると手狭でどうしようもないんで申し訳ないですが」
と言うと佐吉は疑いもせず、
「秋が来る前に来てもらえると、うちのほうでもありがたいんで」
と承諾してくれた。
佐吉は温泉地で桶を作る職人であったが、親元の稲刈りやなんやかんやで忙しくなるここからの季節、早めに人手があればありがたいのだという。
「そういや、花火の夜に声をかけて来たやつはなんだったんでしょうね」
佐吉はその件を別に気にしているふうではなく、義母となるおつねとの会話が続かないのでふと思い出したことを言ったようだった。
「さあ、よくはわかりませんがうちが神職なものですから氏子さんかなにかで、祭りの時にでもどこかでご挨拶をしたことがあったのかもしれませんねえ」
そう言ったおつねも時間がたって、もしかするとあれは四郎兵衛会所の男ではないだろうか、と思い出した。
毎日毎日、吉原大門で誰何(すいか)されていたので何人かの男の顔は覚えている。
幸いなことに男はお峰のほうには記憶がないらしく何も言わなかったので、ここは早目に草津にやるしかない。
おつねは、ではよろしくお願いしますと何度も佐吉に頭を下げて、来た道を戻ることにした。
山の向こうはまた山が続いているような田舎(いなか)だったが、お鶴と名を変えたお峰はここで幸せに暮らして行くことだろう。
もとはといえば自分が親の許さぬ男をつくって吉原の九郎助稲荷を飛び出したことによって、可愛(かわい)い娘のお峰が苦労したのである。
仲人のお妻(つま)という初老の太った女は、
「お鶴さんみたいに綺麗な娘がこんな田舎に来るなんてもったいないことですけどね。ゆっくり探せば江戸でもまだまだ良いご縁もあったかと思いますが」
と言ってくれたが、おつねにすれば田舎で幸いである。
「まあこればかりはご縁ですから」
お妻はおつねの言葉に浅くうなずいて、鬢(びん)に手をやった。
「あ、そうだ」
お妻が急に思い出したように言った。
「そういや、今日は寅の日ですねえ。富突きの日だ」
「富突きって、神社の普請の富籤の出る日ですか」
おつねの実家の稲荷は小さいし吉原の住人の信仰もあつく寄進された金で普請などをしているが、何人も神職を抱えているような大きな寺社は時々、富籤を売り出す。
富籤は富札屋で販売されているのだが、なかなかの人気である。
おつねの父もその手伝いや立ち会いで名のある神社に出かけて行くことも時々、あった。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。