よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第五話 夏ざかり宴競べ

島村洋子Yoko Shimamura

 大金が介在することなので幕府からは同心二名、勧進元の神社から一名、他神社からも二名が富突きと呼ばれる抽選に立ち会うことになる。
 また会場となる境内を幾人(いくにん)かの岡っ引きが見廻(みまわ)っていた。
 この日の当たりは一番富の千両から順に五十番まである。
 大きな針がついた錐(きり)のような棒で番号の書かれた札を突き、安い金額から係の者が読み上げるのであるが、その度に境内ではため息やら歓喜の声やら耳を覆いたくなるほどの大騒ぎである。
 上位の三番くらいはそれからの人生が変わるような金であるが、五十番目に至っては一分が多く、鰻(うなぎ)が食えるくらいの額である。
 上から見ていると必死の形相の者から数人の仲間うちやほんのお遊びで来ている者までいろいろである。
 鍵(かぎ)のついた箱には売り出された札と同じだけのかまぼこ板くらいの板が入れられている。
 それを勝左衛門をはじめ数名の立会人が確認をして箱に戻されて鍵をかけられる。
 人のやることだからどこかに抜け道はあるかもしれないが、これではなかなか不正はできないだろう、と勝左衛門は白い顎髭(あごひげ)を撫(な)でながら思った。
 札は松の何番、梅の何番、竹の何番などと組と番号や日付が書かれ、朱色の神社の大きな印が押してある。
 売る札数が多い場合は松竹梅だけではなく、子(ね)の何番、丑の何番、寅の何番と干支を用いたりもするが、その場合は賞金額も大きい。
 神社の普請などを幕府に願い出て認められた公認の富籤は御免富(ごめんとみ)と呼ばれ、庶民が神社や寺への寄進も兼ねている要素もあるので自然と大きくなることが多い。
 今日の御免富の舞台である日本橋のたもとから近い福徳神社はもともとは九郎助と同じような小さな稲荷だったが、神君(しんくん)家康(いえやす)公も参拝された。
 その後、神社参拝の折に空に二重になった虹が出たのをご覧になられた三代家光(いえみつ)公が重幸神社と名付けられ、その縁起の良いことから参拝人を集めていた。
 そうした寄進の富籤であるから境内は押すな押すなの大賑(おおにぎ)わいであったが、その日もつつがなく進行していた。
 そして一番富の当たりの布告の時、いつもの籤のどよめきとは違う叫び声がした。
「いったい、何をするんだ」
「ここは神社だぞ、不敬な」
 という怒号が飛びかっている。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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