第五話 夏ざかり宴競べ
島村洋子Yoko Shimamura
「そうそう。うちの宿六(やどろく)は博奕はしないんだけど、どういうわけか富籤が好きでね、今日も朝から見に行ってるんだと思いますよ」
「当たりはどうやって決まるんですか」
おつねは尋ねた。
神社仏閣が鳥居を新しくしたり阿弥陀堂(あみだどう)などを増築したりする時はまず信者に寄進を頼むのだが、それでも足りなかったりする時には幕府から富籤を売ることが許される。
「その時にもよるらしいんですけどね、だいたいが三百両ほどをこしらえるために、二朱の札を五千枚ほど売るそうですよ」
「五千枚! そりゃ、なかなか当たりませんでしょうねえ」
「まあ当たりはひとつではなく、五十番まではあるそうですから末の五十番のくらいでも当たるとありがたいんですがねえ」
お妻は槍(やり)を持って突く仕草をした。
なんでも木箱に木の札が入っていて、それを五十回突いていくらしい。
境内に詰めかけた者たちは自分の札と同じ文字と数が書かれた物が当たらないかと息を呑(の)んで見つめているという。
広い神社や寺であっても所狭しと人が押し寄せてきて、一突きごとに歓声をあげているという。
「ああいうのは運だけなんでしょうかね」
おつねは独り言のように言った。
神官の娘に生まれて神の御利益は知っている我が身であっても、災難はいつでもおそいかかって来るし、娘のお峰のことを思うとこのまま逃げおおせて普通の暮らしを営むだけの運が本当にあるのだろうか、と心配になってくる。
「いや昨日、うちの旦那に聞いたんですけどね、このところ何度も続けて当たっている運の良い人がいるらしいんですよ。大工らしいんですけどね」
お妻の言葉におつねは、
「その人はなんか悪いことしてるんじゃないですか」
とは言ったものの、富突きをする神社には同心から神官から大勢がやって来てひとつひとつの札を丁寧にあらためるのだからそんな不正がまかりとおるはずもないのはわかっていた。
- プロフィール
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島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。