よみもの・連載

吉原べっぴん手控え帳

第五話 夏ざかり宴競べ

島村洋子Yoko Shimamura

   十三

 その日の龍田川は久しぶりに亀屋の暖簾(のれん)をくぐった。
 月に一度の襟足を剃ってもらう日なのだが、半裸にならねばいけないので亀屋の店主、おしのばあにお願いすることになっていた。
 顔や首筋の産毛は少しならば色気のうちだが、多くなると白粉(おしろい)のノリが悪くなる。
 それは秘密の行事でもあった。
 いつも貼り付けてある膏薬(こうやく)を剥(は)がさなくてはならないのでこっそり亀屋まで来ていたのだ。
 万事終わって着付けるといつもどこからともなく清吉が現れて髪を整えてくれることになっていた。
 おしのばあは何を見ようが聞こうが、いらないことは言わないので、安心して身を任せられた。
 その日、産毛剃りが終わって清吉が現れた時、龍田川は少し心が揺れるのを感じた。
 龍田川は昨日、櫓を作ってくれた両替商の小畑屋新五郎にキセルを渡した。
 それはせっかく自分のために大金を使って大川の花火を見せてくれようとしたのにつまらない騒ぎになってしまって申し訳なかったという謝罪の気持ちが主だった。
 しかし花魁からキセルをもらうということは、それは本気であるという印だとされている。
 花魁の中には商売ですべての客にキセルをそれとはわからぬように渡している者もいるという噂もあったが、龍田川に限ってはそういうことはない。
 新五郎のことは少なからず頼りにしていたので、そう周りに思われてもいいかという気持ちもあったが、こうして清吉の姿を見るとなぜか心が痛む。
 清吉とは何もそれらしき会話をしていないのに、まるで自分がお客と浮気をしてしまったような気持ちがする。
 たしかに清吉は誠のある性分だし、それでいてさばけた話もできるし、細やかな気遣いもある。見た目もすっと垢抜(あかぬ)けているので女が放っておかないだろう。
 しかし自分たちは髪を結う者と結われる者、毎日会うのが商売を介しての仲であるから、ややこしい気持ちは持ち込まぬほうがいいと思っていた。
 そんな龍田川の艶めかしい気持ちをよそに、何本もの大きな簪を外してひとつずつを丁寧に布で磨きながら清吉は言った。
「富籤の件、だいたいわかりましたよ。証拠があるわけじゃないんですが、ほぼ間違いないかと」
 清吉はあの日、北千家の茶室で見た掛け軸のことを龍田川に話し始めた。
「福徳神社で六歌仙のお客の宮大工を殺した浪人が持っていたのは正真正銘の当たり籤でした」
「ではその宮大工の持っていたのが」
 偽物だったんですか、と龍田川が言葉にする前に清吉は淡々と続けた。
「いえ、それも本物です、ある意味では」
 清吉は惣吉が宮大工になる前に修練していた仕事について龍田川に説明を始めた。

プロフィール

島村洋子(しまむらようこ) 1964年大阪府生まれ。帝塚山学院短期大学卒業。1985年「独楽」で第6回コバルト・ノベル大賞を受賞し、作家デビュー。『家族善哉』『野球小僧』『バブルを抱きしめて』など著書多数。

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