よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十七回

川上健一Kenichi Kawakami

 遠くのカウンター越しにウエイターがさりげなくこっちを窺(うかが)っている。山田がイスに腰かけて呼んだらすかさず参上しようと待機している。
「どうぞ」
 と彼女が立ち上がって山田をイスに促した。「ちょうど失礼しようとしていたところなんです。水沼さんの初恋の彼女さんのことで何か分かったんですね」それから水沼を振り向いた。「ありがとうございました。みなさんと出会えてとても楽しかったです。おかげでいい旅になりました。初恋の彼女さんに会えるよう祈っています」
 水沼が立ち上がって彼女に別れの挨拶をしようとすると、山田が肩を押さえつけた。
「いやいや、ふとの(他人の)恋路ば邪魔するホンツケナシ(間抜けなやつ)はロクな死に方するってへるんだがへねんだかヤジャねども、ワ(俺)が先まって消えねば寝覚めっこ悪い」と山田は気まずい思いを方言でごまかす作戦に切り替えた。「へだすけ(だから)、まんず座ってけろ。話しっこはすんぐ終わるじゃ。めごいあ姉っちゃもまんず座ってけろ」
 山田は彼女を座らせてからいった。
「ママの店っこさ夏沢みどりの親父さんど付き合いあったって昔雪印だった人がら連絡あったじゃ。雪印の繋がりっこは大したもんだ。夏沢みどりちゃんの親父さん一家は、親父さんが定年退職してしまってから小樽さ家っこ建でで暮らしていだそうだ。へでも、親父さんが死んで、奥さんもその何年か後に死んで、その後は音信不通になってしまったってへって(いって)らった。みどりちゃんのこど聞いだら、大学出で、道庁さ勤めて、その後結婚したことまではみどりちゃんの母親から聞いでらったども、ほれからの事は分がねそうだ。へでも、親父さんとお母さんは小樽の家っこの隣近所ど仲っこいがったすけ、行ってみれば誰がおべでら(覚えている)人いるごった、ってへってらった。へだすけ明日は小樽だ。以上。はあ寝る。寝ぷたくて寝ぷたくて、どもなね。夕んべがら寝ねでずっとドライブだったすけ、寝ぷてのなんのってどもなね」
「あのな、ずっと運転してたのは俺だし、お前は助手席でイビキかいて寝てたけど」
 と水沼はいった。
「とにかぐ、ワだば消えるすけ、後は二人でよろしくやってけろじゃ。ほれ、鍵っこ。小澤寝でる部屋の鍵っこけろ」
 山田はポケットから鍵を出していった。水沼から別の鍵を受け取ると、
「明日の朝まな、ママがやってるカフェでモーニング食う約束っこしたすけ、ここで朝マンマ食うなよ。カノコさん、邪魔者は消えるすけごゆっくりね。さいならあ、元気でね」
 とへの字目の彼女に手を振り、ロビーとは反対の方に歩き出し、大きな観葉植物のほの暗い向こう側に消えていった。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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