よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

 真牛は勇猛果敢な男である。武勇を誇る平原とは、事あるごとに角突き合わせてきた仲だ。焚(た)きつけるように、攀安知がわざとらしく言うと、頬をひくひくと震わせながら、平原は荒い鼻息をひとつ吐いて答えた。
「彼奴ごとき、何ほどのことにもござりませぬ」
「そうか」
 小さく笑った攀安知は、ふたたび敵兵へと目を向けた。
 琉球には三つの国がある。南山(なんざん)、中山、そして攀安知が王として君臨する北山だ。その名が示す通り、それぞれ南部、中部、北部に版図(はんと)を持っている。
 長年続いてきた三山の鼎立(ていりつ)。しかしそれを揺るがす存在が、中山に現れた。
 名は尚巴志(しょうはし)という。
 三山統一を公言してはばからぬこの男の勢いを止める。
 攀安知の目は中山へと向いた。攀安知は家臣たちに中山攻めの決意を述べた。その矢先、三人の按司たちが、いっせいに中山に走り、攀安知の意図を注進したのである。それを聞いた中山王は、息子の尚巴志に出兵を命じ、北山へと兵を進めた。そして今帰仁城は今、中山兵と裏切り者たちによって取り囲まれている。
「王はいささか人を信じ過ぎまする」
「信じることは悪いことか」
「信じれば裏切られまする。裏切られれば動揺し、隙が生じまする」
「俺は人を信じることは、悪いことではないと思うぞ」
 攀安知は言って、周囲で固唾(かたず)を呑みながら敵の攻撃に備えている兵たちを見た。
「家臣を信じ、民を信じねば、王などやってはおれん。王が王であるのは、信じる者たちがおるからぞ。俺が信じることで、皆が俺を信じる。裏切られることもあろうが、そんな些末(さまつ)なことでは、俺の心はいささかも動じん。隙があるかどうかは、これからの戦(いくさ)で見てみれば良い」
「信じられておると解っておるからこそ、某(それがし)もこのような無礼なことを申せまする。解っておりまするが、それでも……」
 この男は武勇を売りにしているが、いささか知恵が勝ちすぎる。
「そのような問答をしておる時ではないぞ」
 攀安知は平原の言葉を手でさえぎって、敵に顔を向ける。
「来るぞ」
 視線の先で、黒き波がじわじわと迫ってきていた。鎧(よろい)が擦れる音を発(た)てながら、敵が無言のまま近づいてくる。城を飲みこもうとする大波のごとき、真正面からの進軍であった。
「尚巴志という男は、正直な男のようだな」
「そのようにござりまするな」
 西方からの正面突破。策の気配を感じさせぬ、あまりにも愚直な攻めである。
「備えよっ」
 攀安知は右手を突き上げ叫んだ。兵たちが弓を手にして、いっせいに構える。矢の射程に入るかどうかという所で、敵の足が速くなった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

Back number