よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

 その名を聞いた瞬間、真牛の脳裏に細面の酷薄な顔がよぎる。北山にいる頃から好きになれなかった。武よりも理を重んじていながら、周囲には武人として見られようとしている。そういうところが昔から嫌いだった。
「何用にござるか」
「会ってみれば解る。居所は解るか」
 勝手知ったる城である。平原がいるであろう場所も見当が付く。
「こちらへ」
 城兵と松明(たいまつ)の明かりを避けるように、真牛は尚巴志を導いて行く。
 連日の戦で城兵も疲れているようだった。尚巴志は、夜になると必ず攻撃を止めた。そのため、城中の兵たちも、夜は大半が休んでいるようで、監視の目は緩い。
 今にして思えば、連日の攻め自体が、この日のための布石であったのではないか。先刻の崖での一件から、真牛はこの男を恐れ始めている。
 そんなことを考えながらも、真牛の足は闇のなかでも迷うことなく、主郭にある重臣たちの居室が並ぶ屋敷へと入った。平原の部屋も解っている。寝ずの番をしている兵の息の根を止めて片付け、二人して速やかに部屋へ入った。
「おい」
 眠っている平原に尚巴志が声をかけた。驚いて跳び起きた平原が声を上げようとするのを、喉元に付けた真牛の剣が制する。こういう時に気配を悟ることができない辺りに、平原の武人としての限界があった。
「尚巴志だ」
「しょ、尚巴志。ま、まさか……」
 信じられないといった様子で、平原が真牛を見る。無言のまま真牛がうなずくと、平原はそれでも疑うように首を左右に振った。
「お前に会うために、二人だけで来た」
 言った尚巴志の目が、闇に沈む室内に向く。
「敵がここまで侵入できるのだ、この城は」
 大軍ではこうは行かない。二人だからできたことだ。尚巴志の言葉を聞きながら真牛はそう思った。しかし平原はそうは思わなかったようである。顔から血の気を引かせて、目を丸くしていた。理屈はこねるが、策を立てる才はない。そんな平原の疑う心を、尚巴志の腹の据わった言葉が奪ってゆく。
「こちらには真牛のように、この城を知りつくした仲間がおるのだ。御主等に逃げ場はない。それでもまだ戦うか」
「攀安知様は……」
「攀安知のことを聞いているのではない。御主に問うておるのだ」
「どういう意味だ」
「俺が興味を持っているのは、お前だ。攀安知ではない」
「尚巴志が、某を……」
 目の前の男が尚巴志であると、平原は信じ始めているようだった。
「俺の仲間になれ平原」
「仲間だと」
 降れではない。仲間になれである。暑苦しいが、悪い気は起きない。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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