連載
城物語
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』 矢野 隆 Takashi Yano

        *

 内外を分かつ城門はあっさりと破られ、敵は今や平朗門まで開こうとしている。
 すでに勝負は決していた。もうすぐこの城は落ちる。主郭脇の神石の前に座り、攀安知はひとり瞑目(めいもく)していた。祈っている訳ではない。もはや守るべき家族はいなかった。平原が裏切り、城に火を放った際、妻も子も殺されている。灰になった館に無数の焦げた骸(むくろ)が転がっているが、妻や子を探す気にはなれなかった。
「平朗門が落ちましてござりまするっ」
 駆け寄ってきた家臣が、悲鳴のような声で叫び、戦場へと戻って行く。
 攀安知は、己を守らんとする者たちを遠ざけ、ひとり神石の前に座し続ける。
 反芻(はんすう)するような想いはなかった。今さら敗けた原因を探してみたところで、状況はなにひとつ変わらない。敗けた。それだけである。
 攀安知は腰の刀を抜いて、ゆっくりと立ち上がった。剣を両手で握りしめ、神石を見つめる。
「俺はこれから死ぬ」
 語りかけても応えてくれるはずもない。それでも攀安知は語る。
「御主だけが、この地に留まり生き永らえても、もはや誰も祀(まつ)ってはくれまい」
 剣先を天に向け、腰を深く落とす。
「俺とともに果てようぞ」
 石が笑ったような気がした。攀安知も笑った。
「ふっ」
 尖らせた唇から短い呼気をひとつ吐き、沈黙を守る神石に剣を振りおろす。喚声を突き破って甲高い音が主郭に響き渡った。
「そうか」
 笑う攀安知の剣は、構えた時よりも高い場所まで舞い上がっていた。傷ひとつ付かずに、神石は沈黙を守っている。
「御主も俺を裏切るか」
 信じたもの全てに裏切られ、それでも攀安知の心は軽やかだった。何故にこれほど清々しいのか自分でも不思議だった。とにかく心は、驚くほどに晴れ渡っている。
 戦いの音が近づいていた。
「攀安知様っ」
 悲鳴と怒号が入り混じる声が背後に迫る。
 振り返った。
 逃げ惑う味方を勝ちに乗じた敵が追いたてている。殺戮(さつりく)に酔った男たちは、もはや歯止めが効かぬようであった。ひざまずき必死に命乞いをする者を、笑いながら切り捨てて行く。
「浅ましいことよ」
 神石に拒まれた剣を敵へと向け、構えた。
「攀安知じゃっ。攀安知がおるぞっ」
 敵が最上の獲物を見つけて歓喜の声を上げる。
 勝つための戦には敗れたが、矜持(きょうじ)まで失ったつもりはない。
 天に向かって心の底から笑った。その姿に驚き、敵が遠巻きにする。ひとしきり笑った後に敵へと向けた攀安知の目は、澄みきっていた。
 剣を右手に持ち、両腕を広げて叫ぶ。
「俺は北山王、攀安知だ。命のいらぬ奴からかかって参れっ」
 敵がいっせいに襲いかかる。
 満面に笑みを浮かべ、攀安知は剣を振るう。
 存分に戦い、果てた。


 明(みん)の永楽(えいらく)十四年(一四一六)。
 今帰仁城は中山の手に落ち、初代の怕尼芝以来九十四年続いた北山王朝は滅亡する。
 その後、今帰仁城は、中山王の命によって真牛に与えられ、尚巴志は北山、南山を滅ぼし琉球の王となった。真牛は尚巴志に仕えた後も、忠臣として長きに渡り王家を支え、護佐丸(ごさまる)という名を与えられ、琉球の英雄として語り継がれることになる。
 この時、攀安知が神石を斬った剣は、重間河(しがまかわ)に捨てられたが、後に拾い上げられ千代金丸(ちよがねまる)と名付けられ、琉球王家に献上されたという。



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〈プロフィール〉
矢野 隆(やの・たかし)
1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。
Back number
第七話『姉の背中(白石城)』
第六話『民次郎の義(弘前城)』
第五話『士道の行く末(五稜郭)』
第四話『憎しみの城(長谷堂城)』
第三話『裏切りの城(今帰仁城)』
第二話『天命を待つ(萩城)』
第一話『戦人の城(伊賀上野城)』