よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

 南山の按司でありながら、中山王を退け父をその位につけ、三山統一を謳(うた)う英傑。その勇名に靡(なび)いた羽地按司らの勧めを受け、攀安知に背いてはみたが、その決断は本当に正しかったのか。山塊を友とする北山の兵は、中山や南山の者よりも屈強である。英傑などという耳触りの良い言葉に騙されて、とんだ見込み違いをしたのではないか。
 黙っていると、尚巴志が立ち上がった。その姿に思わず息を呑む。それまで小さいと思っていた躰(からだ)が、一瞬、二倍ほどに膨れたような気がした。驚いて目を凝らすと、やはり尚巴志の背丈は真牛の胸ほどしかない。
「王者には王者の戦い方というものがある」
 語る尚巴志の目は、今も激戦が続く今帰仁城に向けられていた。快晴だというのに、彼の周りに陰がまとわりついている。尚巴志自身が、闇をまとっているようだと真牛は思った。
「これは王家と王家の戦いだ。どれほど倒れても敗けぬ。正々堂々正面から打ち砕く。そういう戦いを見せつけねばならん。王の軍勢が如何なる物か。我等が勝利した後、北山の民は我等の精強さを語り継ぐであろう」
 王とはいったい誰のことか。目の前の男は、中山王の息子だ。それでも王者と言ってのけた尚巴志の言葉は、間違いなく己自身を指している。
「しかしこれでは、あまりにも兵の損耗が激し過ぎるかと」
「負けぬ」
 このまま正面から攻め続けて勝てるとは思えない。湿った眼が真牛を捉える。紫色をした唇を震わせ、中山の王子がぼそりと言う。
「こは挨拶」
「挨拶……。でございますか」
 尚巴志が大きくうなずく。と、また目の前の躰が膨らんだように見えた。しかしやはり、すぐに元の大きさに戻る。目がおかしくなったのかと、真牛は己を疑う。
「味方を死なせる挨拶など聞いたことがござりませぬ」
「現にこうして、目の前にあるではないか」
 呆れた男もあるものである。ここは戦場だ。後ろから刺されて殺されても文句の言えない修羅の巷(ちまた)なのである。
 殺し合いに挨拶もへったくれも無い。
 尚巴志がまた鼻で笑った。
「数日はこれを続ける。心配するな。其方(そのほう)等の兵は使わぬよ」
 其方等とは、北山から降ってきた按司たちのことである。現に今、城を攻めているのは、すべて尚巴志が連れて来た兵であった。
「挨拶というものは不思議でな。初めて会うた者でも、挨拶の仕方を見れば、どのような気性をしておるかが解る」
 なんとなく尚巴志の言わんとしていることが解ったような気がした。直感を信じるように、真牛はみずからの考えを口にする。
「尚巴志殿は、北山の民には正面から堂々と攻め落としたと思わせ、城に籠る攀安知には愚直な男であると思わせようとなされておられるのですな」

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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