よみもの・連載

城物語

第三話『裏切りの城(今帰仁城)』

矢野 隆Takashi Yano

 二合、三合、四合。
 打ち込むのはつねに真牛であった。攀安知は口許(くちもと)に笑みをたたえたまま、最小限の動きで全てを避けている。
「打てっ」
「言葉は無用だと言ったのは、御主ではないかっ」
 言いつつも動きは止めない。並の男なら軌道を知る前に首を飛ばされるほどの瞬速の斬撃を、攀安知は掠(かす)らせることなく避け続けている。その目はしっかりと真牛の瞳を捉えたまま、躰だけが時には横に傾き、時には前後に倒れながら、剣を避け続けるのだ。
 何故に刃を交えぬ……。
 息もつかせぬ攻撃を繰りだしながら、真牛は焦りと怒りに心を奪われていた。
「惑うておると躰が硬うなるぞ」
 思惟に埋没していた真牛の心に、穏やかな攀安知の声が突き刺さった。
 いや……。
 躰にも刃が突きたっている。
 剣を振り上げた真牛の右腕に、攀安知の刃が中程まで刺さっていた。
 いつ刺したのか解らなかった。
 攀安知の目の色が変わる。このまま手首を返し、刃を回転させて腕を斬り裂くつもりだ。
 真牛はとっさに躰を仰け反らせた。攀安知の剣を抜くようにして腕を引く。直後、切っ先が走り、空を斬った。刹那の間の違いである。あと一瞬動くのが遅れていたら、右腕が使い物にならなくなっていたところだ。
 剣を握ったまま腕に力を込めた。傷から血が噴きだしたが、力は指先まで満ちている。
 大丈夫だ。
 まだ使える。
「笑うたな」
 攀安知が言った。
 笑っているのか。
 真牛には良く解らない。己がどんな顔をしているかなど、どうでも良かった。
 剣を引いた攀安知の首を両断するように、刃を寝かせて横に薙ぐ。甲高い刃音が宙に響いた。紙一重で避けられている。
「その腕、確かに貫いたが」
 答えず、にやけ面を全力で裂きに行く。今度は、攀安知が剣で受けた。馬上で躰がかすかに仰け反る。真牛の圧が勝ったのだ。剣を引いて素早く腹を斬り上げる。今度も受けた攀安知の尻が、わずかに浮いてから鞍に納まった。
「目が血走っているぞ」
 言った攀安知の額から、滝のような汗が流れ落ちている。真牛の猛攻に疲れ始めているようだった。
 こちらはどうか。
 まだやれる。
 息が止まるまで止めるつもりはない。いや、すでに長い間息は止まっていた。腹に力を入れ、幾度も剣を振る。その間、真牛の口は固く結ばれたまま。大きく開いた鼻の穴からも、息は入ってこない。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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